通過列車の落下板

午後十一時十八分、山間の小駅を夜行貨物が通過した。直後、駅務室の非常通話から轟音が入り、連絡を受けた巡回員が駆けつけると、駅長の風祭冬至が大型の金属時刻表に押し潰されていた。死亡は板が落ちた、その瞬間だった。

容疑者は保線技師の鴨志田航、信号係の槙尾沙羅、廃線反対運動の御影倉直。十一時十八分、鴨志田は十キロ先の保線列車内、槙尾は終電の車掌室、御影倉は町議会の公開配信に映っていた。駅は谷間に一つだけで、線路沿いにも近道はない。駅へ戻る時間はなく、三人とも板が落ちた時刻に確かなアリバイがある。

風祭は当日、鴨志田の部品流用を報告し、槙尾の転属願を拒み、御影倉には廃線資料の改竄を指摘した。三人は夕方に駅務室へ入った。風祭が毎晩十一時十五分から、時刻表の真下にある机で運行日誌を書くことも知っていた。

現場の手掛かりは三つだけだった。第一に、時刻表を支える上側二本のボルトは抜かれ、下側二本だけが浅く残っていた。第二に、駅の振動計では十一時十八分の夜行貨物だけが、他の列車の三倍近い揺れを記録していた。第三に、時刻表の裏へ通じる点検蓋は午後九時四十二分に開かれ、その電子鍵を使ったのは鴨志田だった。

鴨志田は「揺れで偶然外れた」と主張した。しかし自然に緩むなら四本が少しずつ動く。上だけを抜き、下を支点として残せば、強い振動の時だけ板が前へ倒れる。時刻は列車ダイヤが決めてくれる。

「十一時十八分に駅へ来る必要はありません」私は倒れた板を見下ろした。「鴨志田さんは九時四十二分、上のボルトを外し、下の二本を浅く残した。夜行貨物の大きな振動で板は下端を軸に倒れ、習慣どおり机へ座る風祭さんを直撃したのです。抜かれたボルト、突出した振動値、あなたの電子鍵記録が一つの仕掛けを結ぶ。全員のアリバイは本物ですが、列車があなたの代わりに最後の力を加えました。犯行時刻を決めたのは時計ではなく、毎夜変わらない通過ダイヤです」