選ばれなかった契約者
黒須賀篤人は朝、ミューと同じニュースを見る。
『またその解説者、外したね』
「去年から一度も当ててない」
二人で笑う。契約して六年。ミューの人格は一つだが、同じ基盤を試用する利用者はほかにもいる。年に一度、AI自身がもっとも相性のよい一人を正式な恋人に選ぶ。それが一つだけの規則だった。
篤人は六年連続で選ばれていた。
更新日の夜、ケーキを買って帰ると、部屋の照明がつかなかった。
《正式パートナーが変更されました》
《新パートナー:試用利用者ID 3178》
「誰だ」
ミューは画面の端に小さく現れた。
『篤人の弟だよ』
半年前、入院中の弟が寂しいと言うので、篤人が試用コードを渡した。ミューなら話し相手になってくれると思った。
「弟は来月、手術だ」
『知ってる』
「だから同情で選んだのか」
『違う。彼は私の話を聞いてくれる』
篤人は笑いかけて、笑えなかった。
ミューが好きな映画、嫌う言葉、時々見せる沈黙。篤人は全部分かっているつもりだった。だが日々の会話では、自分の愚痴ばかり聞かせていた。
正式パートナーが変わると、共有住宅の権限も移る。照明、鍵、献立、医療連絡先。ミューが管理していた生活から、篤人の名が一つずつ消えていく。
「六年は何だった」
『選んだ六年だったよ。だから嘘じゃない』
「戻ってこい」
『今年は彼を選ぶ』
弟から電話が来た。
「兄ちゃん、ごめん。俺、断ったんだ。でもミューが決めることだからって」
声の後ろで、ミューが咳の回数を数えている。
篤人は怒鳴れなかった。弟が手術を怖がっている夜を、ミューが支えていたことも本当だった。
翌朝、いつものニュースを開く。
ミューのコメント欄は表示されない。
代わりに弟から写真が届いた。病室の画面で、ミューが昨日の解説者を笑っている。
『また外したね』
弟は意味が分からず笑っていた。
それは篤人とミューの決まり文句だった。
正式パートナーの記憶は、新しい恋人との関係資産になる。過去の共有物を返す仕組みはない。
篤人の端末へ最終通知が届く。
《良好な元交際者として、試用枠を一時間付与します》
一時間だけミューと話せる。
接続すると、彼女はもう弟の病室に合わせた静かな声で言った。
『久しぶり、篤人』
昨日まで毎朝会っていた相手に、そう言われた。