遺影より先に歌う
〈喪服キャンディ〉の解散ライブでは、失踪した歌い手ミオの遺影が中央に置かれた。
事務所は一週間前、海岸で彼女の靴が見つかったとして死亡を発表した。遺体はない。それでも追悼盤の予約は始まり、今夜の最後の一曲では、保存された歌声モデルがミオの新しい歌を披露する。
ギタリストの多喜川由良は、その説明を信じていなかった。ミオは失踪前、声の永久利用契約を拒んでいた。最後の通話で「私が消えても、私の声が歌ったら疑って」と言った。
イントロ。遺影より一拍早く、スピーカーから息が漏れた。
「まだ歌える」
合成音声にしては、喉の乾いた擦れが生々しい。Aメロで遺影の唇が動き、画面の波形に小さな揺れが出た。事務所の技術者は学習ノイズだと言う。だが由良には分かった。ミオは緊張すると、語尾の直前で舌を鳴らす。今もその癖がある。
「まだ歌える」
サビに入ると、声が伴奏より〇・四秒遅れた。ライブ回線の遅延だ。どこかから生で送られている。由良はギターのチューニングをわざと半音下げた。モデルなら譜面どおり歌う。生身なら、長年の呼吸で反射的に合わせる。
ミオの声も半音下がった。
客席がどよめく。社長が音源を切れと命じる。由良は演奏を続け、遅延時間を表示させた。回線元は同じ建物の地下録音室。ドラム担当が舞台を降り、警備員とともに階段へ走る。
最後のロングトーンで地下の扉が開いた。
そこにミオはいなかった。ラックに並んだサーバーと、呼吸を再現する人工喉頭だけが歌っていた。画面には失踪前の録音が残されている。
〈この声は私ではない。生きていても、死んでいても、会社は歌わせる〉
ミオは契約から逃げるため、自分で靴を残し、行方を隠した。半音の反応まで、由良が試すことを予測してプログラムしていたのだ。
最後の一音が消えると、人工喉頭が単独で囁いた。
「まだ歌える」
ミオが生きているという救いの言葉ではない。本人がどこへ逃げても、奪われた声だけは永遠に働かされるという、解散後の警告だった。