配達箱の受領魔紋

高級集合住宅の玄関で、榛名英知は空の配達箱を配達員の朝比奈澪斗へ投げ返した。

「五百万円の腕時計が入っていない。お前が盗んだんだろ」

 箱は澪斗の肩へ当たり、床へ落ちた。

「今すぐ弁償しろ。会社にも、お前が常習犯だと伝える」

 英知は携帯で撮影しながら、隣人たちが見えるように玄関を開け放っている。

 澪斗は箱を拾い、受領事故票を差し出した。

「開封前に空だった、ということでよろしいですか」

「そうだ。受け取った瞬間から軽かった」

 英知は〈未開封の状態で内容物なし〉と書き、電子署名した。

「これで逃げられないぞ」

 澪斗は箱の内側へ指を当てる。

 金色の受領魔紋が浮かび、音声を発した。

『受領時重量、一・二六キログラム。開封者、榛名英知。内容物取り出し、十四時三分』

 高額品の箱は、受領後十分だけ重量変化と開封者の指紋を保存する。英知が事故票へ署名したのは十四時八分だった。

「機械の誤差だ!」

「腕時計は百八十グラムです。梱包材を含む出荷重量とも一致します」

 英知は撮影を止めようとして、誤って自分の動画を再生した。数分前、彼は箱から時計を出し、靴箱の上へ置いている。

『空箱で届いたことにして返金させる。配達員個人にも払わせれば二重取りだ』

 通話相手へ笑う声まで入っていた。

 玄関の靴箱には、値札のついた腕時計がそのままある。撮影のため開け放たれた扉から、集められた隣人全員にも見えていた。

 英知は急いで掴み、窓から投げようとした。澪斗は止めない。受領魔紋が時計の製造番号まで既に記録しているからだ。

「これは別の時計だ! 俺はこの会社の大口顧客だぞ。配達員の一人くらい、盗人にできる!」

 エレベーターが開き、配送会社の事故調査員と保険会社の弁護士、警察官が降りた。高額品の空箱申告は、その場で三者へ共有される仕組みだった。

 弁護士は署名済み事故票を読み、靴箱の時計を確認する。

 警察官が手帳を開き、廊下へ響く声で告げた。

「榛名英知に、保険金詐欺未遂および配達員への暴行容疑で逮捕状を執行します」