重い箱から開ける
和奏は書店の納品箱を、軽いものから開けた。文庫、雑誌、コミック。すぐ棚へ出せるものを片づけると、仕事が進んでいるように見える。専門書の重い箱は最後まで残り、閉店間際に慌てて開けるのが常だった。
バックヤード担当になった久我蒼士は、無口で、段ボールに触れる前に必ず重さを確かめる。会話の代わりに軍手を差し出し、作業が終わると黙って折り目を揃える。
店長から企画売場の担当者募集が告知された日、和奏の机にも応募用紙が配られた。本を選ぶ仕事をしてみたい。けれど経験欄は空白で、落ちれば「身の程知らず」と思われそうだった。用紙を棚の下へ滑らせ、納品作業に戻る。
蒼士が今日の箱を指した。大中小と三つ並んでいる。彼は一番大きな箱の上にメモを置いた。
『今日は、一番重いものから開ける』
「腰を痛めますよ」
蒼士は二人分の軍手を置いた。それ以上は言わない。
和奏はこれまで、資格欄が埋まってから、売場経験が増えてから、と応募を先へ延ばしてきた。軽い仕事を片づけるたび、今日は忙しかったから仕方ないと言えた。応募用紙は紙一枚なのに、箱より重く感じる。持ち上げれば、落選という中身が入っているかもしれないからだった。蒼士は用紙には一度も目をやらず、ただ箱の反対側に手を掛けた。
二人で持ち上げると、箱は見た目ほど重くなかった。中身は美術書で、上には和奏が以前、個人的に取り寄せた画集の新刊があった。ページを開くと、紙の匂いが立つ。売場に置くなら、光の当たらない棚がいい。隣には同じ色彩を扱う写真集を並べたい。考えが次々浮かんだ。
軽い箱はまだ残っている。いつもなら全部片づけてからでなければ、自分のことをしてはいけないと思うところだった。
箱の底には、売場づくりを学べる小さな展示会の案内も入っていた。和奏は軍手を外し、棚の下から応募用紙を取り出した。経験欄の空白は消えない。落ちる可能性も軽くならない。
それでも彼女は、納品箱より先にその紙を店長室へ運び、扉の下の提出箱へ入れた。