針を一寸引く機巧師
「鉄針を指一本ぶん引き寄せるだけ? 磁石の欠片に負ける魔法だ」
機甲軍の採用試験で、アクゼフは無能と判定された。
【魔法:《針寄せ》――視界内の鉄針一本を、自分の方向へ指一本ぶんだけ動かす】
二度は動かせず、釘や剣には効かない。アクゼフは機巧兵の計器磨きへ回された。
方向盤の針は、油を差しすぎても狂う。彼女は毎朝、針先と目盛りの間を髪一本ぶんまで合わせ、機械が巨大でも判断する部分は小さいことを知った。針だけは嘘をつかない。
国境戦で、敵が古代の歩行城を起動した。
八本脚の鉄城は味方の砦を踏み潰し、胸の砲塔を王都へ向ける。機甲将ハルドスの軍は脚関節へ砲撃したが、外装は山鉄でできていた。
アクゼフは整備書で、歩行城の胸にある方向盤を知っていた。
古代兵器は赤い磁針が指す旗を敵と認識する。敵軍は方向盤の周囲へ赤旗を立て、王国側へ針を固定している。盤は透明な水晶板の内側にあり、剣も手も届かない。強い磁術を使えば外装の防護術が反発し、砲塔が即座に発射される。
「磁石以下なら、防護術も攻撃とは気づきません」
アクゼフは崩れた監視塔へ登った。
歩行城が砦の残骸を越えたとき、胸の水晶板が正面を向く。赤い磁針の先は、王都旗を映す印へ重なっていた。その隣には、敵本陣の黒旗を示す印がある。距離は指一本ぶん。
《針寄せ》。
磁針がわずかに動いた。
歩行城の砲塔が止まり、ゆっくり半回転する。敵将が制御杖を振っても、古代兵器は方向盤を命令より優先した。
胸砲が敵本陣へ火を噴く。
黒旗も制御塔も一撃で消え、歩行城は次の指示を失って膝をついた。王国軍は無傷の巨城を包囲し、内部の敵兵を降伏させた。
試験官が「たまたま針式だった」と言う。
ハルドスは自分の方位盤から鉄針を抜き、その男の無能札へ突き刺した。
「我らは城を動かそうとした。こいつは城が信じる針を動かした」
機甲将は歩行城の制御印をアクゼフへ渡す。
「今日から、鉄の軍勢がどちらを向くべきかは、おまえが決めろ」