鐘楼の十三段目

 王都の鐘楼。戴冠式の列が十三段目へ差しかかった時、司祭が告げた。

「王家の者は、ここで決して振り返ってはなりません」

 エディルは足を止めた。

 前の人生でも同じ命令を聞いた。幼い妹ミレアが背後で靴を滑らせ、「兄さま」と呼んだのに、禁忌を恐れた彼は前だけを見た。次の瞬間、十三段目から黒い鎖が噴き出し、妹を鐘の下へ引きずり込んだ。

 王になったエディルは魔王を倒し、神殿を滅ぼし、ついには時を巻き戻す秘宝を得た。最強の魔法も百万の兵も、葬られた妹には届かなかった。国も地位もいらない。ただ一度、あの呼び声に振り返るためだけに、すべての力を持ったまま少年へ戻った。

「王家の者は、ここで決して振り返ってはなりません」

「ならば、今日から禁忌を変える」

 以前とは違う返事をして、エディルは振り返った。

 ミレアの靴底が割れ、体が傾いている。前の人生では見えなかった恐怖が、幼い瞳いっぱいに広がっていた。彼は妹の腕をつかむと同時に、儀礼剣を十三段目の継ぎ目へ突き立てた。

 石段の内側で歯車が悲鳴を上げる。黒い鎖が飛び出したが、剣へ絡みつき、二人の足元には届かなかった。司祭の顔から血の気が引く。禁忌とは神の命令ではない。王族の血を捧げるため、神殿が作った仕掛けだったのだ。

 エディルは剣を折り、妹を抱えて十二段目へ下りた。王冠は階段を転げ落ちたが拾わなかった。妹より重いものを、二度と頭上へ戴くつもりはない。

 司祭は兵に拘束され、参列者たちは初めて十三段目の下に隠された血の溝を見た。

 正午。

 前の人生では葬鐘が十三回鳴った時刻。鐘楼は一度だけ、澄んだ祝福の音を響かせた。

 視界の隅に、かつて見たことのない文字が浮かぶ。

《戴冠式イベント完了》

《死亡者:0》

《隠し分岐――兄が振り返る世界を開始します》

 折れた靴を脱いだミレアの足には傷一つない。エディルはその小さな踵を確かめてから、ようやく息を吐いた。

 腕の中のミレアが、泣きながら笑った。

「兄さま。今度は、ちゃんと見てくれた」

 最強の王が欲しかった称号は、その一言だけだった。