長女の留守番電話
結宇の留守番電話には、父の声が四件入っていた。
母の保険証が見つからない。病院の予約を変えてほしい。電球を買ってきてほしい。七緒には言わなくていい、あの子は仕事が大変だから。
結宇も仕事中だった。
昼休み、コンビニの裏手で最後の録音を聞き終えると、妹の七緒から着信が来た。
「お父さんから連絡あった?」
「どうして知ってるの」
「私には、『結宇はこういうの得意だから任せた』って」
姉は世話好き、妹は仕事一筋。
父が作った説明は便利だった。結宇が断れば冷たい長女になり、七緒が手を出せば姉の顔をつぶす妹になる。二人は長い間、その役を壊さないよう別々に疲れていた。
「保険証、たぶん電話台の引き出し」
七緒が言う。
「知ってるなら、父さんに言って」
「私が言うと、結宇の仕事を取るみたいで」
その言葉に、結宇は自分の苛立ちが妹ではなく、台本へ向いていると気づいた。
「今から三人で話す?」
「三人は嫌。お父さん、私たちを順番に黙らせるから」
「じゃあ一回ずつ」
結宇は父へ電話をかけた。
「保険証は自分で探して。病院の予約は病院へ電話して。電球は今日じゃなくても困らないよ」
「長女だろう。家のことくらい」
「長女はサービス名じゃない」
「七緒は忙しいんだ」
「七緒の忙しさを、私への命令に使わないで」
父はしばらく黙り、「母さんがかわいそうだ」と言った。
結宇は胸が痛むのを待った。痛みは来たが、命令ではなかった。
「緊急なら救急へ。手伝ってほしいことは、私と七緒へ別々に頼んで。できるほうが返事する」
「家族なのに、事務的だな」
「事務的にしないと続かないから」
通話を終えると、七緒から一行届いた。
〈私も今、同じこと言った〉
結宇は留守番電話を一件ずつ削除した。四件目だけ、指が止まる。
〈七緒には言わなくていい〉
その声を最後まで聞き直し、消去する。
連絡先の自分のメモ欄には、いつか父が登録した「長女・緊急窓口」という文字が同期されていた。
結宇は「緊急窓口」を消し、「結宇」に直す。
昼休みはあと三分。
コンビニへ戻る前に、七緒へ〈今夜は何もしない日にしよう〉と送った。
返ってきたのは、布団に沈む動物のスタンプだった。