閉じられた相談票

深夜のコミュニティアプリ運営室で、佐伯佳音は〈対応済み〉になった相談票を開き直した。

利用者は、元交際相手に居場所を知られていると訴えている。後輩は、相手のアカウント名が書かれていないため「個人間の問題」として閉じていた。相談文には、投稿するたび近くの店で待たれること、ブロック後も別の名前で同じ絵文字が送られることが記されている。

当直責任者は「警察へ相談するよう案内して終わり。証拠がない状態でアカウントを止めると、相手から苦情が来る」と言った。

佳音は利用者の公開範囲を確認した。写真の位置情報は消えている。だがアプリには、近くの人を勧める機能があり、ブロックした相手にも共通イベントへの参加予定が表示されていた。別名のアカウント三つは、同じ端末から作られている。

「相談票を再開します」

佳音は三つのアカウントを一時停止し、ログを保全した。利用者のイベント参加情報を非公開へ切り替え、位置推測につながる機能も止める。警察へ提出できるよう、接触日時と端末情報を時系列でまとめた。

後輩は椅子から立ち上がれないまま言った。

「相手の名前がなかったので、調べてはいけないと思いました」

「書けないから相談している人もいる。名前がないときは、行動の一致を見る。閉じる前に、何が怖いのかを一行で言い直そう」

佳音は相談画面へ、被害内容、緊急性、繰り返しの有無を分けて入力する欄を追加した。〈証拠不足〉を選ぶときは、確認したログと未確認の項目を残さなければ閉じられないよう変更を申請した。

一時間後、利用者から〈今夜は家族の家へ移動しました〉と返信が来た。佳音は安全を確約する言葉を避け、保全した記録と次の連絡先を伝えた。画面の向こうの生活を完全に守ることはできなくても、相談を閉じて一人に戻さないことはできる。後輩は再開された票の経過欄へ、初めて自分の言葉でその一文を書いた。

責任者は、停止件数が増えると運営指標が悪化すると言った。佳音は開いたままにしていた社内公募画面へ戻った。

カスタマー広報ではなく、信頼・安全対策チームを選ぶ。

佳音は異動希望を送信し、次の未処理票を引き受けた。