閉店後の献立
喫茶「鈴蘭匙」の黒板メニューは、閉店後に一行だけ増える。
店主の菱沼佳澄は、毎晩それを消した。
《祖母のコロッケ》
《海の家の焼きそば》
《遠足のおにぎり》
店では出したことのない料理ばかりだった。誰の記憶なのか考え始めると眠れなくなるので、濡れ布巾で拭き、翌朝にはいつものナポリタンとオムライスを書き直した。
祖母から店を継いで七年目の冬、黒板にこうあった。
《焦げた卵焼き》
佳澄は布巾を持ったまま動けなくなった。
祖母が最後に作った料理だった。
病気で箸も満足に持てなくなった祖母は、入院前の朝、台所に立った。卵を割るだけで時間がかかり、塩を入れすぎ、フライパンの火を消し忘れた。
高校生だった佳澄は、焦げた匂いに苛立って言った。
「もう作らなくていいよ。こんなの食べられない」
祖母は「そうかい」と笑い、黒い卵焼きを捨てた。
その日の午後に入院し、店へ戻らなかった。
佳澄は黒板の文字を消さず、厨房へ入った。
卵を二つ割る。塩を多めに入れる。油を引かず、火を強くする。
料理人として身につけた手が、勝手に火加減を直そうとする。佳澄は歯を食いしばり、あえて焦がした。
皿に盛ると、ひどい見た目だった。
端は炭のようで、中は半熟。箸で持つと崩れた。
一口食べる。
苦くて、しょっぱくて、どうしようもなくまずい。
佳澄は笑った。
祖母の味ではなかった。
あの日の卵焼きは、食べてもいないのだから、再現できるはずがない。
それでも二口目を食べた。
祖母は、店を継げと言わなかった。料理を教え込もうともしなかった。ただ毎朝、佳澄の弁当に卵焼きを入れた。甘い日も、しょっぱい日も、形が崩れた日もあった。
佳澄は上手な味だけを残し、下手になっていく祖母を記憶から追い出していた。
「食べられるよ」
閉店後の厨房で、誰もいない椅子へ言った。
「焦げてても、食べられた」
一皿を食べ終え、佳澄は黒板の前へ戻った。
《焦げた卵焼き》の下に、チョークで小さく《売り切れ》と書く。
翌朝、その文字は消えていた。
代わりに、黒板の隅へ白い粉が一筋残り、祖母が笑ったときの目尻のように曲がっていた。
その日から佳澄は、まかないの卵焼きを少しだけ不揃いに巻くようになった。
客には出さない。
上手に作れない日も食卓だったことを、忘れないためだった。