雨を束ねた保険屋
「契約に書いた条件が起きたか分かるだけ? 雨を降らせられぬなら無能だ」
公爵領の金融試験で、セフィラは机を追われた。
【固有技能:《条件判定》――自分が契約書へ書いた一つの条件が成立すると、その一文だけ赤く染まる】
未来は読めず、損失を防ぐ力もない。公爵ガラムは「賭博師の印だ」と評した。
領内の農民は毎年、旱魃を恐れて種を減らしていた。雨が降れば収穫は少なく、降らなければ借金だけが残る。金貸しも危険を嫌い、高利でしか貸さない。その結果、平年でも畑の半分が空いていた。公爵は豊作を命じても、農民にとって失敗時の損は命そのものだ。収穫の期待値が高くても、一度の旱魃で家を失うなら、最初から種をまかないほうが安全だった。領地全体では毎年どこかに雨が降る。その違いを一つの財布へまとめればよい。
セフィラは百の村から、銅貨一枚ずつ集めた。契約条件は単純だった。
――播種後三十日、村の雨量壺が目盛り三つ未満なら、銀貨十枚を支払う。
条件は彼女の技能で自動判定され、役人の裁量も農民の虚偽も入らない。東で雨が降らなくても、西では降る。皆から少額を集め、被害の出た村だけへ大きく返す。前世で知った保険の仕組みだった。
最初の年、九十七村には十分な雨が降り、三村だけが赤字になった。セフィラは集めた基金から即日支払い、農民は家畜を売らずに次の種を買えた。
ところが徴税官が、雨量壺を倒して支払いを減らそうとした。契約条件は「壺の中身」ではなく、封印した目盛り石が記録する雨量としてあった。文はすでに赤い。公爵の目の前で不正が露見した。
翌年、農民は安心して畑を全て耕した。収穫量は三割増え、税収も増えた。金貸しは低利で種代を貸すようになった。
ガラムは赤く染まった三枚の契約を並べた。
「損を起こさぬ者だけが有能だと思っていた」
公爵は領庫の銀鍵をセフィラへ渡した。
「おまえは百の村の不運を束ね、誰の破滅にもならぬ大きさへ分けた。今日から領内の恐怖へ値段を付けよ」