雨粒一万二千個

都市ステージに雨を降らせた瞬間、主人公の動きが紙芝居になった。

 晴天では滑らかだ。雨天だけ、一秒ごとに足が止まる。広告映像の収録は夜明けからで、雨の追跡場面が目玉だった。

 描画担当の虫明凪砂は、最初に雨を半分へ減らした。動きは少し戻ったが、街灯の下で雨が途切れ、画面だけ見ると天井があるようだった。

 彼女はプロファイラで、一コマに何が時間を使っているかを見た。雨粒そのものではない。濡れた車一台一台が、街灯を何度も描き直している。画面に物を描く回数であるドローコールが、晴天の四倍に増えていた。

「車を減らそう」

 監督が道路脇の列を指す。凪砂は追跡経路を最後まで走った。車列は逃走車を隠し、主人公が見失う演出に使われる。減らせば物語のタイミングが崩れる。

 雨を消さず、車も残すため、凪砂は遠くの車だけ反射を一枚の画像に置き換えた。近くでは街灯が車体を流れ、遠くでは似た光が止まって見える。切り替え位置を曲がり角の陰へ置き、プレイヤーから変化が見えないようにした。

 動きは戻った。だが彼女は、カメラを通常とは逆へ向けた。後方の道路まで映すと、再び遅くなる。広告撮影では使わない角度だが、製品では利用者が振り返れる。

 凪砂は雨粒の発生範囲を、カメラ中心ではなく主人公の周囲へ狭めた。背後を向いても必要な雨は残り、見えないビルの裏へ一万二千個を降らせずに済む。

 凪砂は最後に、追跡を失敗して同じ交差点へ戻った。長時間走っても雨粒が増え続けず、遠い車の反射が画面に蓄積しないことを確認した。

 午前五時、雨の街を主人公が駆け抜けた。車体の光が流れ、水たまりが靴を映した。監督は「雨を増やした?」と訊いた。処理が滑らかになったぶん、粒が多く見えたのだ。

 凪砂は雨量を変えていないとだけ答え、修正を確定した。

 撮影班がカメラを運び込む。窓の外は本物の雨だった。

 その直後、砂漠班から連絡が入った。砂嵐で同じ追跡車が消えるらしい。

 凪砂は濡れた上着を椅子に掛け、今度は一粒も水のない画面を開いた。