雪原の手袋

「手袋を忘れないように」

北境学校の教師ミハル・ブレナは、冬になると毎日同じことを言った。教室の炉へ薪を足し、濡れた靴下を乾かし、子どもたちの手袋に空いた穴を縫う。剣ではなく編み針を胸ポケットに差した、小柄な女性だった。

吹雪の夕方、少年オーレンは片方の手袋を教室に忘れ、引き返した。校庭にはミハルが一人で雪かきをしていた。

その向こうで雪山が立ち上がる。

氷冠巨人グロム。百年前、北の国を凍らせ、勇者に右腕を落とされた怪物だ。再生した腕を振り上げ、学校ごと雪崩に埋めようとする。

『返せ、我が腕を奪った炎の勇者』

ミハルは雪かきの手を止め、胸から編み針を一本抜いた。

「返却期限は過ぎています」

針を雪へ刺す。

校庭から細い赤糸が走り、巨人の全身を一瞬で縫い止めた。ミハルが糸を引くと、山ほどの怪物は手のひら大に畳まれ、白い毛糸玉になった。戦いと呼ぶ間もない。かつて凍土を縫い合わせ春を戻した勇者の術だった。

オーレンだけが昇降口の陰から見ていた。

毛糸玉の中では巨人の冷気がまだ渦巻いていた。ミハルが炉へ入れれば、青い炎となって校舎を一晩暖めるだろう。敵の力さえ子どもの暖房に使うつもりらしい。オーレンは、英雄の力とは大きな像を建てるためではなく、朝に指をかじかませないためにあるのだと思った。片方だけ冷えた手を、もう片方の脇へ挟む。校舎の窓には、もう暖かな灯りが映っていた。

ミハルは毛糸玉を炉へ入れ、青い炎になるまで燃やした。巨人の足跡は雪かきで均し、割れた氷は新雪をかぶせる。最後に校庭の端まで道を作り、落ちていた片方の手袋を拾った。

「これを探しに来たのでしょう」

少年は受け取りながら、彼女の編み針を見た。

「先生、勇者だったの?」

「昔は手のかかる人が多かっただけです」

ミハルは手袋の穴をその場で二針縫った。外では吹雪が弱まり、帰り道の灯りが一つずつ見えてくる。

彼女は少年の両手へ手袋をはめ、親指まで確かめた。

「手袋を忘れないように」