雪山点呼の空白欄
スキー部の雪山合宿で、水無瀬葵の名だけ点呼表から消えていた。
吹雪の中、山小屋の扉が閉まる。
「遅い奴は置いていく。それが強豪校のルールだ」
顧問の三枝修吾は、葵のゴーグルを踏みつけて笑った。上級生に命じて板を隠し、初心者コースから外れた谷へ一人で行かせたのも彼だった。
「先生、私は集合時刻前に戻っています」
「証拠は? 点呼表には欠席とある」
三枝は保護者連絡用のカメラへ向かい、わざと悲痛な顔を作る。
「水無瀬が無断行動で遭難しました。部の指示には従わず」
小屋の外にいる葵へ、その声が拡声器から届く。扉の鍵は内側からかけられた。
葵は胸元の救難ビーコンを押した。
「それを押せば自分の規則違反が残るぞ」
窓越しに三枝が笑う。だがビーコンは救難信号ではなく、合宿管理アプリの点呼再生を始めた。
『十五時五十八分、水無瀬葵、集合地点到着』
位置記録には、葵が集合時刻の十二分前から小屋前にいたことが示される。点呼表から名前を削除したのは十六時七分。操作端末は三枝のものだった。
「機械の誤作動だ」
三枝は紙の点呼表を掲げる。葵の欄は空白だ。
「その紙、複写式です」
葵が言うと、遠隔でつながった山岳管理センターの画面に二枚目が映った。最初の記入には葵の到着印があり、その上から三枝が修正液を塗っている。用紙は遭難事故防止のため、筆圧と修正履歴をセンターへ送る仕様だった。
さらにビーコンが、三枝の午後の命令を再生する。
『谷へ行かせろ。泣いて戻ったら、根性なしとして退部させる』
彼は葵へ持たせたビーコンを「監視首輪」と呼んでいたが、監視されていたのは命令した側だった。
雪上車の灯りが近づく。三枝はようやく鍵を開け、「指導の範囲だ」と葵の腕を掴もうとした。
葵は一歩退き、救助員の後ろへ回る。
教育委員会の監査官が車内放送で処分書を読み上げた。
「三枝修吾。生徒への継続的ないじめ、虚偽報告および遭難を意図した危険行為により、本日付で懲戒免職とする」