零ダメージの剣
葉月ツヅリは、魔王ではなく灰色のログアウト窓へ剣を振り下ろした。
《木剣“デバッガー”》
攻撃力:0
耐久値:1
説明:世界を傷つけず、表示だけを切る。
「何をしている!」
仲間が魔王の攻撃を防ぐ。ツヅリの木剣は初心者村でもらった玩具で、どんな敵にもダメージを与えない。捨てても翌朝、枕元へ戻る。彼女は二年間それを持ち続けていた。
ログアウト窓には赤字で《機能は管理者により無効化されています》とある。誰もが管理者を魔王だと思い、最終城へ攻め込んだ。だが魔王の玉座には、運営権限を示す印が一つもない。
木剣の説明にある「表示だけを切る」。敵ではなく、UIへ使う道具だったのではないか。
ツヅリが灰色の窓を斬ると、表面に亀裂が入った。耐久値はゼロにならない。攻撃力ゼロだから、世界の物には触れず、表示層だけを裂いている。
二撃、三撃。
窓の裏から別の文章が見えた。
《機能は管理者により無効化されています》
その下に隠された一行。
《管理者:接続者本人》
「私たちが、無効にした?」
ログアウト不能が始まった夜、運営は緊急切断の確認を全員へ送った。現実の身体に障害が残る可能性があるという警告つきだった。恐怖したプレイヤーたちは一斉に《拒否》を押した。その選択が管理者権限として保存され、以後のログアウト要求をすべて弾いていた。
魔王は笑った。
「私は、君たちがここへ残る理由として作られただけだ」
ツヅリは最後の一太刀で灰色の窓を割る。裏に、二年前の確認画面がそのまま残っていた。
《緊急切断を許可しますか》
[許可する][拒否する]
今度は仲間全員が、許可するを選んだ。
木剣の耐久値がようやくゼロになり、光の粒へ消える。魔王も玉座から降り、出口へ向かって歩き始めた。
拒否を押した当時の自分たちを、誰も責められなかった。突然、障害の可能性を示されれば恐れるのが普通だ。ただ、二年後の自分はあの夜より多くを知り、失うものを自分で選べる。木剣は、その選択画面をもう一度見せるためだけに残っていた。
《表示層の封印を解除しました》
《管理者によるログアウト禁止設定を更新》
《管理者とは運営ではありません――あなたです》