零時の健康診断

南条智紀巡査部長の健康診断は、午前零時ちょうどに行われたことになっていた。

貝塚史佳監察医は、産業医室で小田桐昌親医務官へ電子記録を示した。南条は、捜査幹部が業者から金を受け取る場面を目撃し、監察へ申告した。その三日後、「被害妄想と判断力低下」を理由に拳銃を取り上げられ、休職命令を受けた。本人は診察など受けていないと訴えている。

「時刻はシステムの初期値だ」

小田桐は言った。

「診察は前日の夕方にした」

史佳は血圧、脈拍、体温の欄を指した。すべて二年前の定期健診と同じ数値。小数点以下まで一致している。問診文も、誤字を含めて複製されていた。二年前にはなかった手術痕の欄まで『なし』のままだった。

「診断書への署名は先生の電子証明書です」

「秘書が入力した」

「零時には、証明書は警務部長室の端末から使われています」

小田桐の指が止まった。

南条は診断当夜、捜査中の事故で重傷を負った。休職者が無断で現場へ出たとして、事故の責任も本人へ向けられた。だが診断が偽造なら、彼は現役の捜査員として上司の命令で現場にいたことになる。

「医療記録を捜査資料にするな」

「記録を処分に使ったのは警務部です」

「彼は不安定だった。告発内容も立証できない。組織から離すことが、本人のためでもあった」

小田桐は、史佳が作成した監察所見を指で叩いた。

「『手続上の不備』と書けば再診で済む。『意図的偽造』と書けば、警察の健康管理制度そのものが信用を失う。今後、本当に休ませるべき者まで診断を拒むぞ」

史佳は南条の診療録を開いた。最後の欄に、本人が事故前に送ろうとした短文が復元されている。

――頭は正常です。怖いのは、正常だと証明できる人が警察にいないことです。

史佳は監察所見の分類を変更した。

「精神的不調」ではなく、「職務上の威圧による権利侵害」。診断書は「無効」、電子署名は「不正使用」。

小田桐が立ち上がる前に、彼女は医師資格番号を入力し、外部医療審査会への提出欄へ署名した。