青い介護日記
父の介護日記は、必ず青いペンで書く。
黒は事務的で、赤は責めているように見える。青なら、どれほど大変な出来事も冷静な記録になる。
〈二十二時、父が玄関を開け徘徊〉
〈三時、暴言。珂南の腕をつかむ〉
〈朝食拒否。服薬拒否〉
兄の柊策は、私が父を悪く書きすぎると言った。けれど、介護をしない人ほど「そこまでではない」と言う。私は父の傷も散らかった部屋も毎回撮影し、家族チャットへ送った。写真を撮る前に時計を青い日記の横へ置くのは、時刻を証明するためだった。父が笑っている写真は日記に挟まなかった。元気な瞬間を見せると、兄が『まだ家で大丈夫』と言うからだ。危険だけを集めることが、先を見据えた介護だと思っていた。介護とは、悪い日を一つも見落とさない仕事なのだ。
ただ、日記は夜になる前に書くことがあった。どうせ同じことが起きる。疲れたあとでは字が乱れ、私の信用まで落ちるからだ。
父の成年後見を私だけに任せる話し合いで、柊策は日記のコピーを提出した。味方になったのだと思ったが、彼はページの日付を指した。
三月十四日の〈二十二時徘徊〉は、二十一時に撮影された写真にすでに書かれている。四月二日の〈服薬拒否〉も、薬を渡す前の昼に完成していた。青いペンは同じ一本で、数か月分が一度に書かれたことを鑑定で示せるという。
私は予測記録だと説明した。父の行動は決まっている。危険を先に書き、起きたら確定させただけだ。
すると父の玄関カメラが再生された。夜中に鍵を開け、靴を廊下へ出していたのは私だった。父が外へ出ると、私は少し離れて撮影し、「また徘徊」と柊策へ送っていた。
家を売って施設費に充てるには、父が在宅困難だと認められる必要がある。私は将来の安全のため、現状を分かりやすくしただけだった。
後見人は第三者が選ばれ、私は父宅への単独訪問を禁じられた。
押収された青い日記の来週の欄には、まだ起きていない〈階段で転倒、施設入所を再検討〉まで、丁寧な字で書かれていた。