顔を継ぐ女
鏡宮の女王が倒れると、ミレクサの頬にひびが入った。
血は出ない。薄い皮が剥がれ、その下から女王と同じ白い顔が現れる。
「母さま」
柱の陰からアウレが走り出した。
ミレクサは反射的に剣を向けた。見知らぬ少女だった。
彼女の力は《勝貌》。敵に勝つたび、その者の顔と社会的な権威を奪える。門番は彼女を勝った相手として扱い、命令にも従う。代わりに、愛する者の顔を一つ忘れる。
一勝目で兄の顔を失った。声を聞けば分かった。二勝目で師匠を。五勝目には、亡き夫の肖像を見ても知らない男にしか見えなくなった。
最後に残していたのが娘アウレの顔だった。
だが鏡宮の女王を倒さなければ、娘は次の器として連れ去られる。女王の顔を奪えば、宮殿の護衛すべてへ退却を命じられる。
ミレクサは勝った。
「剣を下ろして。私よ」
少女が胸元から小さな木彫りを出す。二人の人物が手をつないでいる。裏には、幼い字で『母さまとアウレ』。
文字は読める。記憶もある。雨の日にこの子を抱いた。熱を出した夜、歌を歌った。けれど思い出の中の顔はすべて白く塗り潰されていた。
「証拠にならない」
自分の口から女王の冷たい声が出た。
アウレは泣きながら近づき、ミレクサの左眉に触れた。
「ここに、小さい傷がある。私が赤ちゃんのとき引っかいた」
指の下に傷はなかった。女王の滑らかな皮膚があるだけだ。
護衛が駆け込んできた。全員がミレクサへ跪く。
「女王陛下、ご命令を」
彼女は計画どおり「子どもたちを解放せよ」と命じた。護衛は従った。アウレも連れ出される。
少女は何度も振り返った。
ミレクサは、その表情がなぜ胸を締めつけるのか分からなかった。
床の鏡に自分を映す。女王の顔が笑っている。そこへ過去に奪った兵士、盗賊、魔女の顔が水面のように重なった。どれが元の顔か思い出せない。
「母さま!」
遠くで少女が叫んだ。
ミレクサは鏡へ問いかけた。
「今のは、誰を呼んだ声だ」
鏡の中では、勝者の顔だけが二度とうなずいていた。