風のない日に旗が伏す

「能力なしなら、羽根一枚も動かせない」

風術科の試験官カシウスは、白石千景の前へ鳥の羽根を落とした。課題は風を起こし、羽根を輪の外へ運ぶこと。実技場は完全な無風室で、壁には王国、貴族家、学院の旗が二百本並んでいる。

羽根は弱い気流にすら流される。それでも千景は、軽いから価値がないとは思わなかった。元の世界で気象観測員だった彼女は、目に見えない流れほど大きなものを運ぶと知っている。

千景が黙って羽根を見る間、名門生たちは小さな竜巻を競った。やがて一人が制御を失い、竜巻は天井の風精霊核を巻き込んだ。

無風室が破裂する。

刃のような風が四方から吹き、旗竿が折れ、生徒たちを切り刻もうとした。貴族家の旗だけを守るよう組まれた防護陣が先に作動し、身分を持たない受験生は風の通り道へ取り残される。千景の頬にも細い傷が走ったが、彼女は羽根を手放さなかった。教師の防壁も風圧で剥がれる。中央には、暴走した風精霊王の顔が雲となって現れた。

千景には風を作る力はなかった。

転生した朝から、あらゆる流れに「誰へ向かうか」という矢印が見えていた。

《能力・帰属変更――流れるもの一つの主を、一度だけ変更する》

彼女は床の羽根を拾い、風精霊王へ向けた。

「この風は、私のものです」

轟音が途切れた。

刃の風は千景の髪一本傷つけず、彼女の周囲へ集まる。巨大な渦は掌ほどの輪となり、羽根をそっと持ち上げ、指定の円外へ運んだ。

それだけではなかった。

壁に残った二百本の旗が、風のない室内で一斉に向きを変えた。王旗も、公爵旗も、学院旗も、旗布の先を千景へ垂らす。まるで国中の紋章が彼女に頭を下げているようだった。

風圧測定塔は所有者欄へ彼女の名を刻み、上限値を表示する前に根元から折れた。

千景は風をもう一度呼ばない。羽根を試験官の机へ置いた。

カシウスは折れた旗竿の間で言葉を失う。王国風法院の長、蒼翼侯ユリエラが立ち上がり、自らの家旗を外して千景の前へ敷いた。

「風を起こす者を試す場で」

侯爵は、伏した王旗を見つめる。

「風の忠誠を受ける方へ、羽根一枚を命じたようです」

無風室で、旗だけが深く礼を続けていた。