風鈴を返す夏
真白が実家の押し入れを開けると、新聞紙に包まれた小さな風鈴が出てきた。
青いガラスに、銀色の魚が一匹。短冊には高校時代の友人、皐月の字で〈貸出中〉と書かれている。
十七歳の夏祭り。真白は父の転勤で、翌週には町を離れることになっていた。
風鈴くじの屋台で皐月が当てたその品を、真白は「きれい」と何度も褒めた。帰り道、皐月はぶっきらぼうに差し出した。
「来年返して」
「来年、来られるか分からないよ」
「じゃあ、来る理由にすればいい」
真白は頷いた。翌年の祭りには必ず戻ると約束した。別れ際、皐月は「返すときまで、そっちの窓を夏にして」と言った。真白は、そんな簡単なことなら守れると思って笑った。
けれど新しい学校で居場所を作るのに精一杯で、連絡は減った。次の夏、部活の大会を理由に帰らなかった。その次は受験、その次はアルバイト。約束を破った年が重なるほど、風鈴を返すことが怖くなった。
皐月とは大学卒業の頃に一度だけ会った。真白は風鈴のことを切り出せず、皐月も何も言わなかった。二人の会話は近況報告で終わった。
二十九歳の真白は、来月から海外勤務になる。実家を整理しながら風鈴を見つけ、今度こそ返そうと箱へ入れた。
ところが宅配伝票を書きかけたとき、短冊の裏に文字があることに気づいた。
〈返せなかったら、その町で鳴らして〉
皐月は最初から、約束が守られない可能性を知っていたのかもしれない。帰ってくることだけを願ったのではなく、真白がどこかで暮らしていけるよう、音を貸してくれたのだ。
真白は皐月へ電話をかけた。
「風鈴、まだ持ってた」
『遅い。貸出期限、とっくに過ぎてる』
「返した方がいい?」
しばらく沈黙があり、皐月は笑った。
『そっちで鳴るか試して。音、送ってよ』
真白は新聞紙をほどき、窓辺に風鈴を下げた。夜風が入り、澄んだ音が一度だけ鳴った。
録音して皐月へ送る。
返せなかった夏を帳消しにはできない。けれど借りた音を、新しい土地へ持っていくことはできる。
真白は短冊の〈貸出中〉の下に、自分の字で書き足した。
〈次の町まで〉