首折り紙
郷土資料館のデジタル担当、広戸陸斗は、紙代町の「紙代祭」で使われる人形をスキャンしていた。二十六歳。薄い和紙の人形には、祭りに参加できなかった者の名前が書かれている。
紙人形の多くには、病気で祭りを見られない者や、遠方へ出た者の名が書かれていた。本人の代わりに祭りへ参加させ、翌朝には家へ返すという。返却記録のない人形は一体だけで、写真を見ると毎年少しずつ陸斗に似た顔へ描き直されていた。
作業マニュアルの表紙裏には、禁忌が一つだけ貼られていた。
《紙人形の首を折ってはいけない》
和紙は乾いているのに指へ冷たく貼りつき、透かすと骨格のような繊維が見えた。スキャナーの光が首を通る瞬間だけ、保管庫の人形が一斉に紙の顔を上げた。
最後の一体だけ、長い烏帽子がスキャナーの蓋につかえた。陸斗は大型機を取りに戻るのが面倒で、折り目をすぐ直せば分からないと考えた。首のところを一度だけ折り、蓋を閉じた。
読み取り画面に現れたのは紙人形ではなく、陸斗の社員証だった。顔写真の首に細い折り線が入り、氏名欄には「代理」とある。慌てて蓋を開くと、人形は元どおり。名前の欄だけが「広戸陸斗」に変わっていた。
その後、複合機の出力がおかしくなった。どの書類も人の写真だけ首の位置でずれる。陸斗が自分の免許証をコピーすると、頭部は別の用紙に印刷された。
機器故障として業者へ連絡したが、遠隔診断は正常。人形のスキャンデータを削除すると、今度は陸斗の社内アカウントが「資料」に分類された。
出勤写真には、陸斗の頭だけが紙人形の保管箱からこちらを見上げていた。
翌朝のオンライン会議で、同僚がチャットを送ってきた。
【同僚】広戸さん、カメラ低すぎない?
【陸斗】普通だけど。
【同僚】首から下しか映ってない。
画面を見ると、陸斗の身体は映っているのに、頭だけ背景としてぼかされていた。顔認証設定を開くと、登録写真が上下二枚に分かれている。
直後、資料館のプリンターが自動で動いた。
《紙代祭・代理人形 処理完了》
《対象:広戸陸斗》
《状態:首折済》
陸斗のスマホには、いつもの文書スキャン通知が届いた。
《切り離されたページを一つに結合しますか?》