鳴らなかった配膳鐘
雪で孤立した温泉旅館の宴会場から、帳場金庫の鍵が消えた。主人の泊谷は鍵を茶盆へ置き、三人の関係者に売上金の不足を問いただした。庭の雪吊りが崩れ、全員が障子側へ駆け寄った短い間に鍵はなくなった。廊下の戸は内側から差し錠が掛かり、床の間にも隠し戸はない。
容疑者は女将の三廻部、番頭の薊野、常連客の菱沼。三人とも不足金に関係し、鍵があれば帳簿を処分できる。着物の袖、帯、鞄、座布団まで調べたが見つからない。宴会場の隅には、厨房へ通じる小さな配膳昇降機があった。
泊谷は鍵が見つかるまで宴会場を開けないと宣言し、雪の重みで旅館全体が軋んだ。三廻部は菱沼の旅行鞄を改め、菱沼は番頭なら合鍵を作れると責めた。薊野は昇降機を「何十年も使っていない」と説明したが、設備が古いことと、今夜動かなかったことは同じではない。雪音だけが障子を叩いた。
手掛かりは三つだけだった。第一に、昇降機の機械式回数計は昼の点検時より一つ増えていた。第二に、通常は箱が動くと鳴る真鍮鐘が、畳んだ手拭いで包まれていた。第三に、薊野の右袖には昇降機の麻縄に塗る白い滑石粉が付き、雪吊りが崩れる直前、彼だけが茶盆の横へ徳利を置いていた。
薊野は「昇降機を動かせば、厨房の者が気づく」と言った。しかし大雪で厨房は停電し、下階は無人だった。鐘さえ黙らせれば、箱は重力で静かに一階へ降りる。
私は厨房の昇降箱を引き出した。伏せた湯呑みの中に鍵があった。「薊野さんは障子へ皆が向いた隙に、鍵を湯呑みへ入れ、箱を降ろした。増えた回数が一度の移動を、包まれた鐘が無音化を、滑石粉が縄を引いた手を示す。密室から人は出ていない。鍵だけが、鳴るはずのない配膳箱に乗って一階へ下りたのです」薊野さんは箱を降ろした後、吹雪が収まってから厨房で鍵を回収する予定でした。鐘を包むという一手だけで、古い設備は無音の搬送路になる。回数計は、誰の記憶より正確に、その一往復しない片道を数えていました。