麺に逃げない黄金油
王都の麺店《跳ね馬》は、客から「油の池」と呼ばれていた。
味が薄いという苦情へ油を足し続けた結果、客は半分、仕入れ値は二倍。翌日の家賃を払えなければ店は閉まる。燈は求人札を見て訪ねたが、店主から『異界人は箸も使えないだろう』と試作一皿だけ渡された。
茹で麺へ香味油をかけても、油は皿の底へ落ち、麺は乾く。店主は油を増やし続け、原価だけが膨らんでいた。
音無燈が厨房を借りると、店主は腕を組んだ。
「油を減らせば、もっと味がなくなるぞ」
燈は茹で汁を捨てなかった。香味油の入った鍋へ、白く濁った茹で汁を一杯だけ加え、激しく揺する。
使った知識は一つ。麺から出たでんぷんを含む湯が、水と油をつなぎ、ソースを乳化させる。
透明だった油は、淡い金色のとろみへ変わった。鍋を傾けると、水と油が別々に走らず、一枚の薄い膜になって戻る。燈はそこへ麺を入れ、鍋底を見せるように一度だけ返した。
白く濁った茹で汁は、捨てればただの排水だ。しかし麺のでんぷんを含むその一杯が、油を増やすより強く味を抱え込んだ。講義の代わりに、燈は乾いた皿の底を店主へ見せた。そこへ麺を戻して絡める。一筋持ち上げても、皿の底へ油が落ちない。
常連の騎士が一口すすった。香味油は舌へ均一に広がり、麺一本ごとに塩気がある。皿の底には池がなく、薄い艶だけが残った。
「いつもの半分の油だと?」
店主が壺の目盛りを見て声を上げる。
燈は同じ量の油で、もう一皿作った。さらにもう一皿。従来なら二皿分だった油で、五皿が仕上がった。
外では、試食の香りに客が列を作り始めている。以前の客が恐る恐る戻り、最後の一本まで麺へ艶が残っているのを見て追加を頼んだ。食べ終えた紙皿には、捨てるほどの油が一滴もない。家賃分の銅貨が、昼鐘の前に帳場へ積み上がった。
店主は燈へ原価計算の板を見せた。利益は一皿ごとに三倍。しかも味は濃く感じる。
「技を教えてくれ。銀貨十枚で」
「教えるだけなら一日で終わります」
燈がそう言うと、店主は首を振り、帳場の雇用札を取り出した。
「終わらせない。新しい支店を任せる。今夜、百皿分の麺を注文する」
入口の悪名高い『油増量無料』の札が裏返され、『黄金絡み麺――燈式』に変わった。