黄色い旗の渡し方

面接に落ちた通知を見たまま歩いているうち、私は高校時代の通学路へ迷い込んでいた。小学校前の交差点には、今も黄色い横断旗が並んでいる。一本を手に取ると、雨で滲んだ受験票の感触が戻った。

大学入試の日、私はこの交差点で鞄を落とした。受験票を入れた透明ケースが水たまりへ滑り、車道の風で飛ばされた。拾おうとして赤信号へ踏み出した私の腕を、上級生らしい実椰が掴んだ。

彼女は黄色い旗を掲げ、青になるまで待ってから受験票を拾ってくれた。焦る私に、「一回止まったくらいで、道はなくならないよ」と言った。名前は制服の刺繍で知っただけだった。

私は試験に間に合い、その大学へ進んだ。けれど社会人になってからは、止まることを失敗と呼ぶようになった。転職活動が三か月続き、不採用が重なるたび、進んでいない自分を恥じた。

交差点の向こうで、小学生の列が青信号を待っている。先頭の女の子が旗を持とうとするが、背が届かない。私は旗立てから一本取り、横断歩道へ出た。運転手へ見える高さに掲げると、子どもたちが駆けずに渡っていく。

最後の子が頭を下げたので、私も下げ返した。たったそれだけの間に、信号はまた赤になった。

スマートフォンには不採用通知が残っている。私は削除せず、手帳に次の応募先を書く。今日の面接で答えられなかった質問も、その下に記した。

十一年前、実椰は私を目的地まで運んだわけではない。危ない一歩を止め、青信号になったとき旗を渡してくれただけだ。その先は自分で走った。

旗を元の筒へ戻す。黄色い布が風で一度だけ広がった。

旗の柄には、小さな手が握った跡のような擦れがいくつもあった。止まった人、渡った人、そのたびに次の誰かへ戻された道具なのだ。私の不採用も、ここで道を閉じる判定ではない。

私は駅へ向かう。遠回りしたせいで次の電車には間に合わない。けれど道はなくなっていない。ホームで履歴書を開き、次は自分の言葉で答える準備をしようと思った。