黄色い椅子の端

朝海は、空いている椅子でも端に座る癖があった。

 電車でも、会議室でも、飲食店でも、誰かが後から来たとき困らない位置を選ぶ。午前一時のコインランドリーに誰もいなくても、黄色い長椅子のいちばん右へ腰を下ろした。

 洗っているのは、薄いカーテンとタオルだった。

 洗濯機が低く回り、空調が天井で鳴る。外では雨がやんだり始まったりし、軒先から落ちる雫が金属の縁を一定に叩いていた。

 朝海は家族のグループチャットを開いた。

 姉が送った子どもの動画。妹が選んだ新居の写真。母の「今度は全員で集まろう」という言葉。朝海も返事はしている。かわいいね。広そう。予定を確認するね。

 誰にも責められていないのに、「全員」という字の外側に自分がいる気がした。家族の中で自分だけ話題が少ないことを、皆が気遣っているのか、単に気づいていないのかも分からない。

 黄色い椅子の中央には、まだ丸い水滴が残っていた。前の客が置いたペットボトルの跡らしい。隣には細長いくぼみがあり、座面が少し温かい。

 誰かがついさっきまでここで待っていた。

 入口のベルが鳴り、傘を持った女性が戻ってきた。椅子の中央に置かれていた飲みかけの茶を取り、乾燥機を確認する。残り時間を見て、朝海の隣ではなく、店の外へ出た。

 すれ違うときだけ、洗剤と雨の匂いがした。

 会釈も会話もなかった。女性は軒下で茶を飲み、朝海は端に座ったまま、丸い窓の中のカーテンを見た。

 布が広がる。

 縮む。

 また広がる。

 家族の写真では、誰も朝海の場所を奪っていない。ただ、自分からいつも端へ寄っていただけかもしれない。そう考えたが、今すぐ中央へ行く理由にもならなかった。

 女性の乾燥機が止まる。

 温かい衣類が籠へ移され、ベルが鳴り、店内はまた一人になった。

 朝海はスマートフォンをバッグへ入れた。

 黄色い椅子の中央へ、ゆっくり一人分だけずれた。水滴の跡はもう乾いている。座面には前の誰かの温度も残っていなかった。

 それでも中央は、端より落ち着かないだけで、座ってはいけない場所ではなかった。

 洗濯が終わるまでの十二分、朝海はそこから動かなかった。