『午前零時の自動保存』

昇進委員会で、甲斐谷静の主任登用は匿名通報により保留された。

〈甲斐谷は午前零時に売上指標を書き換え、自分の達成率を九十七%から一〇四%へ上げた〉

直属部長の鳥羽誠治は、重い口調で言った。

「数字に強いからこそ、触れてはいけない線が分かるはずだ」

甲斐谷は、深夜に接続していないと否定した。

情報管理の片桐香澄が、表計算ファイルの版履歴を映す。確かに零時二分、甲斐谷のIDで数式が変わっている。鳥羽は勝ちを確信したように椅子へもたれた。

「端末番号も見せてください」

片桐が列を追加すると、編集端末は〈LOAN-07〉だった。甲斐谷のノートPCは前日から修理中で、貸出機も受け取っていない。LOAN-07を借りたのは鳥羽だった。

「会議資料を確認するためだ。甲斐谷のIDが残っていたのだろう」

「残っていたのではなく、零時一分に再設定されています」

管理者用パスワード再発行を申請したのは鳥羽。理由欄は〈本人から電話〉だったが、甲斐谷の通話履歴に発信はない。

さらに自動保存は三十秒ごとに四版残っていた。最初の版では、鳥羽が担当する案件の失注額だけが集計範囲から外されている。次の版で甲斐谷の達成率が上がり、最後の版で鳥羽の達成率も昇進基準を超えた。匿名通報の画像は、甲斐谷の数字だけが変わった二版目を切り取っていた。

「自分の改竄を隠すため、途中版を告発したんですね」

甲斐谷の声は震えなかった。

片桐は、匿名窓口への送信端末もLOAN-07だったと告げた。

委員長は昇進票を入れ替えた。

「甲斐谷さんの主任登用を承認します。鳥羽部長の再任審査は停止し、監査へ移します」

片桐は修理受付の写真も出した。甲斐谷のPCは電源基板を外され、深夜に動かせる状態ではない。鳥羽が借りた端末のカメラ認証には、零時一分の本人画像まで残っていた。匿名文書には〈偶然見つけた〉とあったが、二版目が存在した時間は三十秒だけだった。その三十秒を知る者は、数式を動かしながら画面を保存した本人しかいなかった。委員たちの視線が、甲斐谷から鳥羽へ一斉に移った。

午前零時の自動保存は、消されたはずの順番まで覚えていた。