『名前だけのMVP』

風待通信の月初朝礼で、杵築宗一は年間MVPに選ばれ、名前を読み上げられていた。

壇上の部長、橘川萌は、宗一が大規模障害を収束させ、解約を防いだと紹介した。賞状には百万円の特別賞与。宗一は深く頭を下げ、同僚からの拍手を受けて一段上がった。

そのとき総務の社員が、賞状の予備紙を持ったまま首をかしげた。

「部長、印刷データと受賞者名が違います」

橘川は「直前に役員決裁が変わった」と答えた。

総務がスクリーンへ印刷履歴を映す。前夜二十時三分に作られた最初の賞状は、障害対応を実際に指揮した別社員の名だった。二十時十七分、橘川が受賞者名だけ宗一へ変更し、再印刷している。本文の功績は一字も変わっていない。

「最終責任者は杵築だった」

橘川の言葉に、宗一も「裏で判断していました」と続けた。

だが障害対策室の予約記録、オンライン会議の参加ログ、顧客への報告メールのCCに宗一の名はない。宗一が共有フォルダへ初めてアクセスしたのは復旧翌日の午後で、閲覧したのはMVP推薦書だけだった。

さらに総務が、役員決裁メールを開いた。原受賞者を承認する返信は前日十七時に確定している。橘川はそのメールを宗一へ転送し、〈名前だけ差し替える。朝礼では私に合わせて〉と書いていた。誤って総務共有アドレスをCCに残したため、削除後も保管されていた。

原受賞者は社員列の最後方にいた。発表前、橘川から〈今回は部署全体の功績として扱う〉と口止めされ、自分が落選したと思っていたという。宗一はそのメールにもCCされ、〈承知しました〉と返信していた。壇上で初めて知ったという逃げ道も、返信済みの一行で塞がれた。

拍手はとっくに止まっていた。宗一の手には、自分の名前と他人の功績が同じ紙に印刷されている。

社長は壇上へ上がり、賞状を宗一から受け取った。橘川のマイクも切る。そして印刷履歴に残る原受賞者の名を読み上げ、特別賞与の決裁先を戻した。

宗一は壇上から一段下りた。

MVPから消されたのは、最後には名前だけでは済まなかった。