自分への推薦状
明庭ソフトの最終面接には、応募者の穂積景子と、前職の上司だという田崎部長がオンライン参加していた。
穂積は六年間、決済アプリのプロダクトマネージャーを務めたという。田崎も「彼女なしではサービスは完成しなかった」と太鼓判を押した。少し音がこもるものの、落ち着いた男性の声だった。穂積が質問に詰まるたび、田崎は間を置かず具体的な数字を補った。
採用担当の浜路は、内定条件を読み上げる直前、会議参加者一覧を開いた。二人の返答の間合いがあまりに整いすぎていることが気になっていた。
「田崎様、カメラをお願いできますか」
『社内規定で、外部会議の映像は出せません』
「では会社のアドレスから参加し直していただけますか」
『今は出張中で、個人端末なんです』
穂積が助け舟を出す。「田崎部長は多忙です。推薦状もいただいていますし、十分ではないでしょうか」
浜路はカレンダーの招待履歴を共有した。田崎の表示名で入室したゲストは、穂積の予備メールアドレスから承諾されている。推薦状をアップロードしたアカウントも同じだった。
『秘書代わりに、穂積君へ設定を頼みました』
「その推薦状のファイル情報も確認しました」
作成者欄には〈Keiko Hozumi〉。最終保存は面接開始の四十分前。田崎の電子署名画像は、穂積が以前提出した雇用証明書から切り取られていた。
画面の右上で、田崎のマイクが一度消えた。同時に穂積の机の下から、通知音が二回鳴った。
浜路は前職照会の回答メールを開いた。田崎部長は実在する。しかし穂積は決済アプリの担当ではなく、三か月だけカスタマーサポートに在籍していた。田崎は顔も覚えておらず、推薦状を書いた事実もない。回答には法務部がCCされていた。
『これは誤解です』
音声加工が外れたのか、最後の一言だけは穂積本人の声に聞こえた。
田崎の声と、穂積の唇が同時に動いた。
浜路は内定条件書を伏せた。
「推薦者確認は終了です。穂積さんへの内定予定も、今この場で取り消します」