かすれた声の連絡
石動結菜は、元気な声を作る仕事をしていた。
企業研修の動画や商品案内を読むナレーター。収録前には口角を上げ、声だけでも笑っていると分かるように話す。喉が痛い日も、眠れなかった日も、マイクの前では「本日もよろしくお願いいたします」が明るく響いた。
仕事が重なった冬、結菜は自分の声を聞くたび疲れるようになった。再生すると、どの音にも「大丈夫です」が混じっている気がした。収録後に帰宅しても、宅配便へ明るく礼を言い、電話を切るまで調子を崩せなかった。
月曜の朝、声がほとんど出なかった。熱はない。喉も激しく痛むわけではない。ただ息が漏れ、言葉の端がざらついた。
午後には四十分の収録が入っている。結菜は白湯を飲み、蒸気を吸い、発声練習をした。何度か繰り返すうち、短い挨拶だけならいつもの声に近づいた。
休む連絡をしようとして、ボイスメモを開く。
一度目は暗すぎた。
二度目は咳が入った。
三度目は「ご迷惑をおかけし」がかすれ、結菜は録音を消した。
休むと伝える声まで、聞き心地よく整えようとしていることに気づいた。
結菜は四度目の録音ボタンを押した。口角を上げなかった。
「声が出ないため、本日の収録を延期させてください。代替日は、喉の状態を確認して明日ご連絡します」
途中で息が切れた。最後の「します」はほとんど空気だった。
そのまま制作担当へ送った。
既読がつくまでの数分、結菜は削除できる方法を探した。テキストで送り直し、声の悪さを隠したくなった。けれど返信は《承知しました。スタジオを押さえ直します》だけだった。
結菜はマイクへ掛けていた布を外さず、部屋の加湿器をつけた。しゃべらないために音楽を流す必要もなかった。
昼、宅配便が来た。インターホン越しに返事をしようとして、声が出ない。
結菜は無理に明るくせず、解錠ボタンだけ押した。
届いた箱を受け取り、黙って頭を下げる。配達員も黙って会釈した。
扉が閉まったあと、結菜の部屋には、仕事に使われないかすかな呼吸だけが残った。