ここにいる
失踪した弟を捜す歌手・久流間レンへ、匿名作曲家〈LOCUS〉から一曲が届いた。
条件は一つ。地下鉄の廃ホームで、一度だけ生演奏すること。
イントロの音程は不自然に跳んだ。高低を数字へ置き換えると、座標になる。最初の地点では失踪者の鞄が見つかり、次の地点では弟・奎の靴が見つかった。
データの末尾には、短い文がある。
「ここにいる」
担当刑事の縣森沙羅は、危険な挑発だと止めた。それでもレンは演奏会を開いた。犯人が見ているなら、曲の中でしか返せない合図があると思った。
Aメロ。照明の消えたホームに、レンの声と一本のベースだけが響く。大型画面には、これまでの座標が線で結ばれていく。すべて縣森が捜索を担当した場所だった。
サビ直前、レンはイヤーモニターを外した。
デモには毎回、時刻のずれが七秒あった。〈LOCUS〉の制作端末の時計が七秒進んでいる。打ち合わせのたび、縣森の腕時計も七秒進んでいた。
サビが炸裂する。観客の端末が一斉に振動し、会場内の近距離通信機器を探索する。レンが曲へ仕込んだ追加パートだった。
縣森が立ち上がる。
「ここにいる」
彼女は刑事として、弟がこの街のどこかにいるという意味で何度も言った。レンを希望につなぎ止め、捜索を自分の管理下に置くために。
画面に一つの端末番号が浮かぶ。〈LOCUS〉のデモを送った機器。その電波は客席最前列、縣森の鞄から出ていた。
縣森が出口へ走る。だが廃ホームの扉は、警備員が閉じている。レンは歌いながら、最後の座標を高音で伸ばした。郊外の貸倉庫。縣森名義で契約された場所だ。
最後の一音が消える直前、警察無線が会場へ入る。
――倉庫で久流間奎を保護。生存しています。
レンは最前列を指した。
「ここにいる」
最後だけ、それは弟の居場所を示す言葉ではなかった。
匿名作曲家を演じ、捜索を支配していた人間の居場所だった。
作曲者欄の〈LOCUS〉が消え、縣森の端末番号へ変わる。観客の視線が一斉に彼女へ集まった時、レンは弟に届くよう、最後の息だけをマイクへ残した。