その判定は却下します
倉橋遼の鑑定札には、太い赤字で《技能欄・空白》と印刷された。
「能力なし。紙一枚分の価値もない結果だ」
審判長は札を丸め、床へ投げた。
遼は元の世界で、理不尽な申請を差し戻す仕事をしていた。だから自分にだけ見える能力名を読んだとき、妙に納得した。
《却下》
成立しようとしている事象を一件だけ不成立にする。
鑑定式は続く。最後の勇者候補が《聖光》を得ると、審判長は満足そうに祭壇の封印へ手を置いた。
「では契約どおり、勇者二十名を受領した。魔王陛下へ門を開く」
空気が凍った。
審判長の皮膚が裂け、下から黒い甲殻が現れる。王国が勇者を呼んだのではない。魔族が鑑定式ごと乗っ取り、力ある者だけを魔王城へ献上する仕組みだった。
召喚陣が反転し、勇者候補の足首へ鎖の光が絡む。騎士たちは動こうとして、審判長の契約印に膝を折られた。
天井に巨大な契約書が開く。
《勇者譲渡契約》
《受領者:魔王》
《成立まで三秒》
遼は床の鑑定札を拾った。裏面には、能力を使うための承認欄がある。彼は丸められた紙を伸ばし、赤字の上へ一言書いた。
却下。
残り一秒で、札を祭壇へ押しつける。
《却下》
巨大な契約書へ、同じ二文字が刻まれた。
魔王の署名が消える。鎖が外れる。反転した召喚陣は光を失い、門の向こうから伸びていた無数の腕が、悲鳴とともに押し戻された。
審判長の甲殻には、さらに赤い文字が浮かぶ。
《この世界への侵入申請:不承認》
彼の巨体は燃えも爆ぜもせず、存在する資格を失った書類のように薄くなり、最後には床の染みまで消えた。
天井から落ちた契約書は、遼の足元で白紙になる。
拘束を解かれた国王が立ち上がった。勇者候補も騎士も、次々に立つ。誰も剣を振るう必要はなかった。
国王は丸められた鑑定札を両手で拾い、皺を伸ばして遼へ返した。
「この国の判断も、差し戻していただけるだろうか」
遼は札を受け取った。
紙一枚分の価値もないと言った者たちは、今や彼の承認なしに、次の言葉を口にすることさえためらっていた。