そぼろの境界
遠峰穂乃は、契約更新の一覧を前にして残業していた。
コールセンターの予算が削られ、二人いる契約社員のうち一人だけ、来月の更新を見送るよう命じられた。どちらも穂乃のチームで、片方は処理件数が多く、もう片方は高齢の顧客からの苦情をほとんど再入電させない。
上司は「数字で決めればいい」と言った。けれど数字を選ぶ人が、結論を選ぶ。処理件数だけを使えば一人が落ち、満足度を使えばもう一人が落ちた。
処理件数の多い一人は、保育園の迎えに間に合うよう休憩を削っていた。再入電の少ない一人は、機械の操作が苦手な顧客へ同じ説明を何度でも繰り返した。二人は互いの欠点を補い、繁忙時には黙って席を替わる。表計算の列を別々に見れば、その働き方はどこにも残らなかった。
二人には何も伝えていない。明日も通常どおり勤務表を渡さなければならない。どちらかの名前に線を引くまで帰れないと、穂乃は思っていた。
机には、遅番の社員が差し入れた鶏そぼろのおにぎりが一つある。甘いそぼろと生姜味のそぼろが左右に詰められ、中央で色が分かれていた。
包みを開くと、鶏の甘い香りが立った。米はまだ温かく、中央を押すと両側のそぼろが一緒にのぞいた。
穂乃は爪で真ん中へ線をつけた。半分ずつ食べれば、混ざらずに済む。けれど割ろうとした瞬間、そぼろが境界を越えてこぼれ、左右の味が米の上で重なった。
穂乃は中央からかじった。甘さのあとに生姜の辛さが来る。どちらかだけではない味が、ひと口の中に残った。
一覧へ戻り、二人の名前からカーソルを外した。代わりに、時間帯別の入電数、再入電率、研修中の新人が独り立ちする時期をまとめた資料を添付する。穂乃自身の管理業務を減らして電話へ入る案と、全員の勤務を月二時間ずつ短くする案も書いた。
更新見送りの欄は空白のまま、上司へ差し戻した。
おにぎりの最後は、甘い側と辛い側が完全に混ざっていた。穂乃は二つに割らずに食べきり、一覧の境界線だけを削除した。