アイスを先に食べる夜
郁乃は夕食の袋から、最初にアイスを取り出した。
チョコレートで覆われた小さなバー。溶ける前に冷凍庫へ入れるつもりだったが、扉を開けると、作り置きしようと買った冷凍野菜の袋が落ちてきた。拾う気になれず、郁乃はアイスの包みを開けた。
午後十時十五分。夕食はサンドイッチとカップスープ。それより先に甘いものを食べるのは、何となくいけない気がする。幼いころから「ごはんのあと」と言われてきたし、大人になってからは健康管理アプリが順番まで教えてくれる。
今日は会社の健康診断結果が届いた。すべて基準値内だったのに、封筒を開けるまで不安で、開けたあとは体重の数字ばかり見てしまった。去年より一・四キロ増えている。誰にも指摘されていないのに、昼食を軽くし、帰り道でもアイスを買うか十分迷った。
チョコレートの表面が、部屋の暖かさで少し柔らかくなる。郁乃は流し台にもたれ、ひと口かじった。冷たさが歯にしみ、次に甘さが広がる。
食べたことへの後悔は、すぐには来なかった。代わりに、今日ずっと数字へ向けていた注意が、舌と喉へ戻ってくる。
スマートフォンには健康管理アプリから「夕食を記録しましょう」と通知が来た。郁乃はアイスの名前を検索し、候補に出たカロリーを見て、入力をやめた。食べたものをなかったことにはできないし、する必要もない。ただ今夜は、数字に翻訳せず味のまま覚えておきたかった。
アイスを食べ終えてから、サンドイッチを一切れ食べた。カップスープに湯を注ぎ、落ちた冷凍野菜は足で端へ寄せる。順番は逆でも、夕食は夕食だった。
一・四キロ増えた体で、郁乃は今日も働き、電車に乗り、この部屋まで帰ってきた。
明日から何かを始める約束もしない。今夜は溶けるものを先に食べた。それを失敗ではなく、間に合ったことにして眠ろうと思った。
冷凍野菜の袋は、床の端で少し霜を溶かしていた。郁乃は食後に拾い、冷凍庫へ戻した。完璧な順番ではなくても、必要なものはだいたい戻る。自分の調子も、急がずそうなればいいと思った。