アンコールの代わりに
最後の曲が終わると、体育館いっぱいにアンコールが響いた。
朝比奈瑠璃はマイクを握ったまま、舞台袖の時計を見た。持ち時間はもう一分過ぎている。次は吹奏楽部。顧問は腕で大きく×を作っていた。
「ごめん、アンコールできません!」
客席から不満の声が上がる。
三年生のバンドにとって最後の文化祭だった。もう一曲やりたいのは、舞台上の四人も同じだ。
ギターの戸塚修司が、音の出ない弦を指ではじいた。
「じゃあ、一音だけ」
瑠璃が聞き返すと、修司はアンプの電源を切った。
「俺らが出さなきゃ、時間に入らない」
彼は客席へ向け、最初の曲の冒頭を口ずさんだ。
ラー、ララ、ラー。
マイクも伴奏もない小さな声だった。
前列の軽音部員が続き、中央の生徒が拾い、二階席まで旋律が広がる。手拍子もない。ただ何百人もの声が、同じ四小節を繰り返した。
瑠璃は歌えなかった。
文化祭準備の夜、誰も来ない部室で合わせた音。進路で練習を休んだ日。解散しようと喧嘩した帰り道。その全部が、知らない誰かの声になって戻ってくる。
修司が肩でぶつかった。
「最後、言えよ」
「何を」
「ずっと考えてたやつ」
瑠璃はマイクの電源を切ったまま、客席へ向かった。
「私、この学校が好きでした」
声は届かないはずだった。
「この四人が、ものすごく好きでした」
隣にいる三人にだけ届けばよかった。
ベースが泣き、ドラムが笑い、修司が「知ってる」と言った。
客席の旋律が、自然に小さくなる。
最後の一音だけが体育館の天井へ残り、誰からともなく拍手が始まった。
それはアンコールではなかった。演奏ですらなかった。
それでも瑠璃は、三年間でいちばんきれいに曲が終わったと思った。
舞台袖へ下がると、次の吹奏楽部が楽器を抱えて待っていた。瑠璃は何度も頭を下げる。
「すみません、押しました」
部長は首を振った。
「先輩たちの最後の一音、消えるまで待ちます」
修司が瑠璃の背中を軽く叩いた。
「告白、届いたな」
「学校に?」
「俺らにも」
体育館の扉が閉じても、廊下ではまだ誰かが、あの四小節を鼻歌で繰り返していた。