カラメルを割る音

六車更紗の給料日は、弟からの送金依頼で始まる。

音楽で食べていくと言って上京した弟へ、毎月三万円。送金後の残高を見てから、更紗は大学院の資料を何度も古紙回収へ出した。弟が舞台へ立つ写真に拍手を送りながら、自分の願書だけは開けなかった。家賃が足りない、機材が壊れた、ライブのノルマがある。母は「夢を応援してあげて」と言い、更紗も断れなかった。自分が大学院を諦めて就職したことは、誰も弟の夢と並べて考えない。

今月は五万円必要だという。弟のメッセージには新しい機材の写真が添えられ、礼より先に振込期限が書かれていた。更紗は返事をせず、仕事帰りにカラメルムースのケーキを買った。表面に、薄い飴が鏡のように張っている。会計のあと、財布には弟へ送るはずだった一万円札がそのまま残った。

部屋で箱を開けると、焦がし砂糖の香りがした。スプーンの背で表面を叩くと、硬い飴が乾いた音を立てて割れた。

更紗は一番大きな欠片を先に食べた。子どものころ、割れた飴はいつも弟へ大きいほうを渡していた。その順番を、誰も命じていない今夜に変えた。鋭い角が歯に当たり、すぐにほろ苦く溶ける。残った飴も一枚ずつ割り、ムースへ沈めた。

弟の夢を壊すのが怖くて、更紗は自分の時間を小さく割って渡してきた。けれど、援助を断ることと、夢を否定することは同じではない。弟が大人として立てる場所まで、更紗が支払い続ければ、むしろ残らない。

ムースを半分食べ、最後の飴の欠片を皿の中央へ立てた。小さな壁のようだった。

更紗は弟へ「今月から送金はしない」と送った。理由は一つだけ、「私も自分の進学資金を貯めるから」と書いた。

退職せずに通える夜間大学院を、先週見つけていた。願書の締切は来月。給料から受験料を別口座へ移す。

弟から着信が来たが、出なかった。話すなら、ケーキを食べ終えてからでいい。

更紗は皿の壁を指で倒し、最後に噛んだ。

割れる音は大きかったが、部屋は壊れなかった。苦みのあとに残った甘さを、自分の分として飲み込んだ。