コロッケを温め直さない

 佳世が〈駅前の店、なくなってた〉と送ったのは、金曜の二十一時十一分だった。

 添えた写真には、白い工事用の壁が写っている。学生時代に働いた弁当屋があった場所だ。閉店したことは聞いていたが、更地に近い姿を実際に見ると、誰かに伝えたくなった。

 元アルバイト仲間五人のグループチャットは、半年前の新年挨拶で止まっている。佳世のメッセージを最後に、二十五分たっても既読はゼロだった。

 帰宅して買い物袋を開くと、総菜のコロッケが潰れていた。工事壁の前で写真を撮るため、袋を腕に掛け直したせいだ。レシートには「牛肉コロッケ 二個」とあるが、透明なパックの中では衣が割れ、二個の境目が分からない。

 あの店では、売れ残ったコロッケを閉店後に一つもらえた。油の匂いが髪につき、帰りの電車で自分だけ厨房にいるようだった。五人で勤務が重なると、廃棄予定の弁当を選びながら、誰が一番早く辞めるかを笑って話した。結局、佳世が最後まで残った。最後の勤務日に店長からもらった紙袋は、雨に濡れて底が抜けた。それまで笑い話にした記憶が、写真を撮った夜だけ妙に鮮明だった。

〈懐かしいね〉

 誰かがそう返してくれれば、写真の白い壁の向こうに店が一瞬戻る気がした。

 けれど画面は動かない。

 佳世はコロッケを皿に移し、電子レンジへ入れかけてやめた。温めれば衣がしんなりする。トースターなら少し戻るが、予熱を待つのが面倒だった。パックのままソースをかけ、割れた端を箸でつまむ。

 冷たいコロッケは、昔もらったものとは全然違う味だった。それでよかった。懐かしさは、同じ味を再現できたときだけ成立するものではない。

 チャットを開き、写真を拡大する。工事壁の端に、弁当屋の看板を留めていた錆びた金具が一つ残っていた。佳世はそれを見つけた自分だけで、少し満足した。

 既読がつかない夜にも、店があったことは消えない。コロッケを温め直さないまま、佳世は二個ぶんをゆっくり食べた。昔話を始める相手が今夜いなくても、思い出した時間まで失敗にしなくてよかった。