チケットを買わない理由
牡丹森映司は、映画館へ行かないことで有名だった。
古い小型カメラを持ち歩くのに、話題作の感想を聞かれると「まだ見ていない」と答える。霧生野征宗は、映画代も払えないのだと笑った。
「映像好きなのに配信も契約してないって、悲しくない?」
映司は、公開前の作品は見ないことにしている、とだけ言った。
文化祭の短編映画コンテストで、征宗は監督役を名乗り、映司には機材運びを命じた。自分の父が広告会社に勤めているから、業界へつながりがあるという。
上映会当日、審査員として大手映画スタジオの社長と人気俳優が来校した。俳優は映司を見つけ、親しげに手を上げる。
「牡丹森プロデューサー、次の撮影もよろしく」
牡丹森家は、映画館網と制作会社を持つスタジオの創業家だった。映司の母が社長、父が撮影監督。映司自身も中学生のころから編集へ参加し、祖父の古いカメラを修理して使い、前年に匿名で製作した短編が国際映画祭を受賞していた。
映画館へ行かなかったのは貧しいからではない。家の試写室で未公開作品を扱うため、情報管理上、一般公開まで感想を言わない決まりだった。映画館の招待券も特別席も使わず、公開後は一般客と同じ列へ並ぶのが家族の決まりでもあった。配信契約も、スタジオの権利確認用アカウントで足りていた。
征宗は笑顔を引きつらせる。
「でも学校作品は俺が監督だ。映司は荷物しか運んでない」
審査員が上映データを止めた。征宗の作品には、公開前の映画から切り取った映像が使われていた。父の会社で見た素材を無断コピーしたものだった。
一方、映司が一人で撮った作品は、古いカメラだけで校舎の一日を描いていた。審査員全員が最高点を付ける。
社長は、映司の作品を全国の映画館で本編前に上映し、収益を学校の映像設備へ寄付すると発表した。
映司は古いカメラを抱え、受賞者席へ座る。
スクリーンに〈製作・監督 牡丹森映司〉と映り、征宗の作品が権利侵害で上映中止になった瞬間、チケットを買えないと笑われた少年が、全国のチケット売上を生む側へ回った。