バス停のレース

柊木苑が式場を抜け出したとき、宇佐美咲良は受付で親族の席順を直していた。

苑は町外れのバス停にいた。ウェディングドレスの長い裾がベンチの下まで広がり、時刻表の脚にレースが絡んでいる。次のバスは十二分後。その次は二時間後だった。

「大学院、断ったって聞いた」

新郎は親族にそう話していた。苑は春から夜間の大学院へ通うつもりで、合格通知も届いている。結婚準備が忙しく、返事を保留していただけだ。新郎は「家庭を持つなら現実的に考えると思った」と、式の朝に辞退メールを送っていた。

咲良は高校卒業後、進学せずに家業を手伝った。学位がなくても働けるし、学ぶ時期にこだわる必要もないと思っている。苑が高い学費を払ってまで研究したいテーマも、聞いてなお難しく感じた。

けれど、本人のアドレスから勝手に送られた辞退は、現実的な判断ではなかった。

「スマホ、ある?」

苑は首を振った。控室に置いたままだという。咲良は式場へ戻り、苑のバッグとスニーカー、自分の裁縫箱を取ってきた。親族には「見つけた。無事」とだけ伝えた。

バス停へ戻ると、苑はまだレースを外せずにいた。咲良は小鋏を出した。

「切るよ」

「レンタルなんだけど」

「弁償はあとで考える」

ただし、ドレスそのものには刃を入れなかった。時刻表に巻きついた飾り糸だけを一本ずつ切る。苑が布を持ち上げ、咲良が糸を探す。風が吹くたび、二人とも膝で裾を押さえた。

最後の糸が外れたころ、バスが坂の向こうに見えた。苑はスニーカーへ履き替え、咲良はパンプスを紙袋へ入れる。長い裾は二人で畳み、苑の腕に収まる大きさにした。

「学校へ行くの?」

「まず、辞退の取り消しをお願いする」

「結婚は?」

「そのあと話す」

咲良なら、結婚を先に決めるかもしれない。苑なら、研究を選ぶかもしれない。どちらが大切かを、二人で決める必要はなかった。

バスが停まり、運転手が驚いた顔をした。咲良が先に乗車口へ上がり、苑の荷物を受け取る。次に苑が、畳んだレースを抱えて乗った。

二人は別々に運賃を払い、空いていた最後列へ並んで座った。発車すると、式場の白い屋根が窓の下へ沈んだ。咲良は苑のスマートフォンを充電器につなぎ、苑は大学院の窓口番号を押した。