ベンチに座るオーナー

少年サッカーの選考会で、鷹栖森美央里は息子の背番号十を先に用意していた。

「主人がトップチームの育成監督だから、見る人が見れば才能は分かるの。補欠の子とは練習の質が違うわ」

御子柴谷香代の息子は、小柄で目立たない守備選手だった。美央里は親切そうに言う。

「ご主人はクラブの事務方でしょう? 息子さんも運営のお手伝いなら向いてるかも」

香代は「クラブで働いています」と答えた。

選考前、育成監督の榊ヶ森宏鷹が妻へ近づいた。

「背番号は選考後だ。勝手に作るな」

美央里は笑って聞き流した。

クラブオーナーによる開会挨拶が始まる。壇上へ上がったのは香代の夫・御子柴谷真旺だった。

真旺は国内リーグのクラブを所有するスポーツ企業の代表で、元代表選手。引退後は育成施設と奨学制度を整え、榊ヶ森を監督として採用した人物だった。

美央里の顔が青ざめる。

「オーナーって、試合に出る選手を決める人よね?」

真旺は首を振った。

「選手を決めるのは、利害関係のない複数のコーチです。オーナーの息子も同じ選考を受けます」

実際、真旺は自分の息子の評価票を匿名化し、採点から外れていた。

選考では、美央里の息子は技術が高かったが、母の指示を気にして仲間へパスを出せなかった。香代の息子は体格で負けながら、失点しそうな味方を何度も助けた。

結果は二人とも合格。ただし背番号十ではなく、適性に合う番号が後日決まる。

美央里は不満を口にした。

「主人が監督なのに、特別扱いがないなら意味がないじゃない」

榊ヶ森は妻を見つめた。

「僕が監督である意味は、息子を先に入れることではなく、全員を公平に育てることだ」

美央里が保護者グループへ送った〈十番内定〉の投稿も、本人の前で訂正された。

真旺は試合後、オーナー席ではなくベンチの端で子どもたちの靴ひもを結んだ。

榊ヶ森が雇用主へ一礼し、金色の背番号十が選考箱から取り除かれた瞬間、夫の笛で試合全体を動かせると思っていた美央里だけが、顔面蒼白でベンチの本当のオーナーを見た。