ミュートの外の妖精
オンライン会議の画面に、参加者ではない小さな窓が一つ増えた。
羽の生えた妖精が、机へ頬杖をついている。
管理職が削除しようとすると、妖精は欠伸をした。
「本気で尋ねた質問のあと、十秒の沈黙をもらえたら帰れる」
「十秒も黙ったら会議が止まる」
「だから迷ったの」
管理職は、会議の沈黙が苦手だった。
「意見はありますか」と聞き、一秒返事がなければ、
「では、この案で」
と自分でまとめる。
時間を守るのが進行役の仕事だと思っていた。
会議を再開する。
「今月の勤務で困っていることは?」
尋ねたあと、管理職は時計を見た。
三秒。
誰も話さない。
五秒。
自分で答えを出したくなる。
八秒。
十秒目に、画面の端の社員がミュートを外した。
「来月から、夕方の会議へ出られない日があります」
家族の通院へ付き添う必要がある。
これまで勤務変更を相談しようとしたが、質問のあとすぐ結論が出るので、個人的な事情を挟めなかったという。
別の社員も、
「朝の方が作業しやすい」
「会議資料を読む時間が足りない」
と続いた。
十秒の沈黙を一度置いただけで、会議は予定を大幅に過ぎた。
管理職は苛立ち、同時に、自分が短くしていたのは時間だけではないと知った。
妖精は画面の中で、羽を少し広げた。
「あと一度」
管理職は最後に尋ねた。
「この会議で、言いにくかったことはありますか」
十秒待つ。
若い社員が言った。
「質問の答えを考えている間に、いつも次へ進みます」
別の社員が笑い、
「私もです」
と続いた。
管理職は謝り、会議を終えた。
妖精の窓は消えた。
翌週から、すべての質問で十秒待ったわけではない。
確認事項は早く済ませ、事前に文章で意見を集めることも増やした。
重要な質問には、画面へ小さな砂時計を表示し、誰も話さなくても十秒は次へ進まない。
夕方に出られない社員のため、会議時刻を交代制にした。
全員へ同じ便利さは作れない。
それでも、発言できない事情を個人の遠慮へ戻さなかった。
ある会議で、画面が十秒静かになった。
妖精はいない。
管理職は不安になり、黙ったまま待った。
十一秒目に、
「反対です」
という声が出た。
会議はまた長くなった。
けれど、その一言が入れる余白こそ、迷い込んだ妖精へ差し出した一番よい椅子だった。