ミントの綿棒
常盤井修吾技官は、綿棒の袋を開けた瞬間に甘い匂いを感じた。
薄荷。蓑田康介が取調べ中も噛み続けていた、強いペパーミントガムの匂いだった。
「DNAは一致している」
雨宮彰吾鑑定室長は、結果表を指で叩いた。
「裁判所書記官宅の窓枠から採取した唾液。蓑田の型と一致。報告を確定しろ」
「窓枠の綿棒から、メントールと人工甘味料が出ています」
「犯行前にガムを噛んでいたんだろう」
「窓を舐めたんですか」
雨宮の顔から笑みが消えた。
採取記録では、窓枠に微量の血痕があり、オレンジ色の蓋の保存管へ収めたことになっている。だが鑑定室へ届いたのは青い蓋の唾液用管だった。綿棒には血液反応がなく、ガム由来の糖アルコールが大量に付着している。
蓑田は窃盗の常習犯で、別件取調べの際、紙コップの縁へ噛みかけのガムを貼り付けていた。その紙コップを処分したのは、雨宮の弟が所属する捜査班だった。
「採取担当の色の記憶違いだ」
「写真にオレンジ管が写っています」
「DNAが一致する以上、細部だ」
「細部を替えたから一致したんです」
修吾は二つの電気泳動図を並べた。現在の綿棒は蓑田一人の明瞭な型。現場で予備解析したデータには、薄い二人分の混合型が残っている。主成分は蓑田ではなかった。元のオレンジ管は保管庫から消え、出庫者欄には雨宮の職員番号がある。
雨宮は声を低くした。
「この事件は司法関係者への連続侵入だ。失敗は許されない。蓑田はどうせ他でも盗んでいる」
「だから、彼のガムを窓へ移したんですか」
「鑑定室を敵に回せば、君の今までの報告書も全部洗われるぞ」
修吾は一瞬、過去の署名を思った。疑われるのは怖い。だが疑われて困る仕事なら、最初から鑑定ではない。
彼はメントール分析、保存管の色、予備解析データ、出庫履歴を補充鑑定書へ記載した。結論欄には『一致』を残したまま、その前へ一文を加える。
――一致試料は現場採取物と同一でない可能性が極めて高い。
修吾は綿棒を再封印し、雨宮ではなく検察庁鑑識担当へ報告書を送った。