ラストオーダーは永遠

雨包夏生のレストランは、午後五時から十時までを繰り返した。

開店し、客を迎え、九時半にラストオーダー。十時の鐘が鳴ると、仕込み前の厨房へ戻る。食材も客も元どおりで、夏生だけが夜を重ねた。

彼はそれを天職の奇跡だと思った。何千回でも試せるなら、完璧な一皿へ辿り着ける。

塩を一粒減らし、火入れを一秒変え、皿の温度を〇・一度調整した。料理評価AIは九十八点から九十九・九、そして百点を出した。予約は取れない店になり、批評家は「人間の限界を超えた」と書いた。

それでも十時になると、すべて消えた。

毎晩、窓際には一人の老人が座った。注文は玉葱のスープ。夏生が澄んだ黄金色のコンソメを出すと、老人は首を振った。

「焦げた味が足りない」

老人の亡き妻は料理が下手で、玉葱をよく焦がしたという。夏生は内心で侮った。思い出は味覚を鈍らせる。

千回目、夏生は老人のためだけに玉葱を焦がした。だが焦げを科学的に整え、苦味を香りへ変えた。老人はまた首を振った。

「上手すぎる」

夏生は腹を立て、皿を下げた。厨房へ戻る途中、手が震えていることに気づいた。完璧な夜を繰り返すうち、失敗を恐れる筋肉だけが残っていた。新しい料理を思いついても、百点にならないうちは客へ出せない。料理は冒険ではなく、採点から逃げる作業になっていた。

ある夜、停電が起きた。いつもなら非常電源を使うところを、夏生は蝋燭に火をつけた。鍋へ玉葱を入れ、考え事をして焦がし、水を多く注ぎすぎた。味見すると苦く、薄く、懐かしくもない。

その失敗作を老人へ出した。

老人は一口飲み、笑った。

「妻の味とは違う。でも、誰かが失敗した味だ」

十時の鐘が鳴った。厨房は朝へ戻らなかった。

翌日、評価AIの百点メニューを半分消した。店の星は落ち、予約も減った。夏生は週に一度、若い料理人へ自由に一品を任せることにした。焦げた皿も、塩辛い夜もあった。

ラストオーダーのあと、夏生は失敗した料理を皆で食べる。

終わる夜には、完璧ではない味だけが残る。それを知ってから、彼はようやく料理をつくる人間へ戻った。