レンズキャップの展望台
十三階の展望台では、レンズキャップを外してはいけない。
撮影は一人一枚。窓へ背を向け、合図のベルが鳴ったら、キャップをつけたままシャッターを切る。撮影後は画像を確認せず、一階の暗室で現像する。デジタルカメラでも同じ手順である。
ホテルの案内係は、朝食時間と一緒に説明した。
鴫沢は毎年、友人の命日に十三階を予約した。二人は写真学校の同期で、卒業したら世界中の夕焼けを撮ろうと約束していた。友人が最初の旅で死んでから、鴫沢は人物写真だけを撮るようになった。空へレンズを向けると、約束の残りが写りそうで怖かった。
十三階へ着くと、展望台には十三個の三脚が並んでいた。どのカメラにもキャップがつき、無人のファインダーが窓と反対を向いている。
鴫沢も背を向けた。
窓の向こうで夕焼けが広がる気配がした。光は見えないのに、首筋だけが暖かい。ベルを待つ間、隣のカメラから巻き上げレバーの音がした。友人が使っていた古い機種と同じ音だった。
振り返ってはいけないという規則はない。ただし、窓へ背を向けると書いてある。
鴫沢は背を向けたまま、ベルに合わせてシャッターを切った。
一階の暗室で、係員がメモリーカードから一枚を印刷した。画像はほぼ黒かった。中央に、真鍮のコートボタンが一つ写っている。友人が旅立つ朝に着ていたコートの、なくした一番上のボタンだった。
「不良データなら撮り直せますか」
鴫沢が尋ねると、係員は首を振った。
「一人一枚です。亡くなった方も含みます」
鴫沢は写真を持ち帰った。翌日、いつものように結婚式を撮った。新郎新婦の後ろに空が入りそうになるたび、構図を下げた。
夜、暗室代わりの浴室で写真を洗い直した。黒い画面の端から、少しずつ橙色が滲んだ。
真鍮のボタンが紙の表面から盛り上がり、ぽとりと洗面器へ落ちた。
濡れたボタンは排水口へ流れず、その場で十三回転した。壁に映った丸い影だけが二人分の肩を持ち、並んで、写真の外の夕焼けを見ていた。