一秒だけ触れる幽霊
崩れる歯車橋で、早川ノノは青いゴーストの手へ飛びついた。
《自己ベストゴースト》
過去の最速走行を再生します。
各区間記録を更新した瞬間だけ、一秒間実体化。
ゴーストは二年前のノノより三秒速く走っている。あの日、相棒のハルドと挑み、彼だけが橋から落ちた。以後、自己ベストの青い影には二人分の動きが混じっていた。
第一区間を〇・一秒更新。
ゴーストが一秒だけ実体化し、閉じる扉を押さえる。ノノが抜けると、また光へ戻る。
第二区間。崩れた跳ね橋。記録を更新した瞬間、青い手が現れ、ノノを向こう岸へ投げる。
「ハルドなの?」
返事はない。ゴーストは過去のノノの動きしか再生しないはずだ。それなのに、彼女が知らない癖で親指を立てた。
最終区間は、ハルドが落ちた場所。
自己ベストを更新するには、当時と同じく彼を置いて走り抜ける必要がある。ノノは速度を落とした。
ゴーストが前へ出る。青い輪郭の中に、相棒の顔が浮かぶ。
「今度は二人で更新しろ」
ノノは彼の手を掴み、並んで走った。区間記録は〇・一秒遅い。実体化条件を満たさず、ハルドの身体が薄れる。
ノノは最後の直線で全力を出す。二人分の体重を引き、自己ベストを〇・〇一秒だけ更新した。
一秒。
ゴーストが完全に実体化し、二人でゴール線を越える。
《自己ベストを0・01秒更新》
《ゴーストデータを完走者へ移行》
ハルドの実体化が解ける前に、ノノは彼の手首へ完走札を巻いた。一秒後、身体は再び青い光になる。それでも札だけは床へ落ちなかった。
「次の挑戦では、またゴーストなの?」
「いや。今度はお前の方が過去になる」
ゴール盤には二人分の自己ベストが表示される。ノノの記録と、ハルドが落下するまで走った区間記録。二つを合算した数字ではない。互いの遅れた区間を支え合った一本の走行として、初めて同じ行に並んだ。
完走札には《実体保持:残り〇秒》と出たまま、ハルドの手は消えなかった。ゴール線を二人で越えたことで、ゴースト再生の終了条件が満たされたのだ。
ノノは世界記録画面を閉じる。相棒の重さが肩に残るなら、次の走行は遅くても構わなかった。
《過去最速走行の構成者を訂正――一人で残した記録ではなく、置き去りにされた相棒が押し続けた記録》