一音だけの笛
音響獣の咆哮で城壁が割れ、片瀬アマネは玩具の笛へ息を吹き込んだ。
《反響》
音響獣は、その場で最も大きい音を百倍にして返します。
《幼児用の葦笛》
音量:1
演奏装備中、最低値。
戦太鼓を鳴らせば城が吹き飛び、号角を使えば味方の鼓膜が破れる。攻略隊は沈黙のまま音響獣へ近づこうとしたが、鎧の軋みまで増幅されて全滅した。
アマネの笛は、隣に立つ者にも聞き取りにくい。一音だけ、細く鳴る。
音響獣が百倍にして返す。それでも音量百。戦場では、ようやく普通の歌声ほどだった。
返ってきた音に、言葉が混じる。
「ここに、いる」
獣の腹の中からだった。
アマネは同じ一音を吹く。反響するたび、「ここにいる」「聞こえるか」と声が増える。音響獣は怪物ではなく、何千もの救難音声を溜め込んだ共鳴装置だった。大きな音をぶつけるほど、内部の声は衝撃に潰されていた。
攻略隊は武器を置き、呼吸さえ抑える。アマネは一音、間を置いてもう一音。獣の咆哮が少しずつ旋律へ変わる。
最後に、幼い声が子守歌の続きを歌った。行方不明になっていたNPCの子供たちが、音の中へ避難していたのだ。
アマネが笛を止める。音響獣は城壁の前へ伏せ、背中を開いた。声から身体へ戻った子供たちが、次々降りてくる。
《音響獣討伐失敗》
《最大入力音量:1》
最後に戻った少年は、声だけだった間も外の音を聞いていたという。
「大きな音は、ぼくらの声を勝手に戦いの叫びへ変えた。小さい笛だけが、返事を待ってくれた」
アマネは次の一音を吹かず、少年が自分で歌い始めるのを待った。音響獣はその歌を増幅せず、原音のまま城へ流す。
静けさは無音ではなかった。誰の声を大きくするか、選び直せる余白だった。
城の勝利祭では太鼓を鳴らさず、一人ずつ自分の声量で名を名乗った。誰の声も百倍にはされなかった。小さな返事も、隣の者には十分届いた。
《救難音声を全件復元――静かな一音だけが、百倍にされても誰かの声を潰しませんでした》