七分七秒の弁当
料理学校を辞めて十二年、私は毎晩コンビニ弁当を食べていた。
厳しい実習で失敗し、講師に「向いていない」と言われた。今の事務仕事は安定している。包丁を握らなければ、下手だと証明されることもない。
残業中の午後七時七分、弁当を七分七秒に設定して温めた。
扉を開けると、中には白い皿に盛られた魚料理があった。
皿の下に紙がある。
「そちらの唐揚げ弁当を返してください。まかないに飽きました」
料理学校を辞めなかった私からだった。
向こうでは小さな店の料理長になっているらしい。
翌日、同じ時刻に同じ設定でおにぎりを入れた。
戻ってきたのは、香草のスープ。
その次は卵焼きを送り、向こうから焼き菓子が来た。
紙のやり取りも増えた。
「店、繁盛してる?」
「予約は三か月先。休みは四か月先」
「成功じゃん」
「そちらは定時に帰れる?」
「今月は帰れてない」
「成功じゃないね」
互いの人生を羨むには、情報が細かすぎた。
ある夜、向こうから塩だけのおにぎりが届いた。
形は崩れ、米は固い。
紙には一行。
「味が分からなくなった」
私は冷蔵庫にあった野菜で、母がよく作った煮物を作った。
切り方は不揃いで、味も少し濃い。それでも皿へ詰めて送った。
返事は翌日だった。
「泣いた。しょっぱいのは料理のせい?」
私は笑った。
代わりに、向こうから薄いノートが届いた。
学校時代、途中で捨てたレシピ帳だった。最後のページに、料理長の私の字で書いてある。
「向いているかどうかより、また作りたいか」
その週末、会社の同僚を家へ呼んだ。
最初の客は三人。煮物は焦げ、魚は皮が剥がれた。
皆は写真を撮る前に食べ始め、「次はもっと作って」と言った。
私は月に一度だけ、予約制の食卓を開くようになった。
向こうから料理が届くことは次第に減った。
最後の紙には、
「月曜を定休日にした」
とあった。
こちらも、残業を一日断った。
電子レンジは普通の弁当しか温めなくなった。
料理人になれなかった私は、料理をやめなくてよかった。
料理人になった私は、料理を休んでよかった。
七分七秒は長すぎるので、今は煮物を温めるときだけ、三分で一度かき混ぜている。