七日後の朝

「今日は、何も決めなくていい」

祖母の葬儀で十二年ぶりに再会した宇賀神凪紗へ、新海冬馬はそう言った。

子どものころ、冬馬は祖母の家の隣に住んでいた。夏休みの朝は二人でラジオ体操へ行き、縁側で麦茶を飲んだ。高校で凪紗が町を出てから、年賀状さえ途切れた。

葬儀の日、冬馬は近所の手伝いとして黙って動いた。傘を差し、荷物を持ち、食べられない凪紗の前へ小さなおにぎりを置く。凪紗が「今夜、少し一緒にいて」と言いかけると、彼は優しく遮った。

「寂しい日に決めたことを、後悔してほしくないから」

正しい気遣いが、ひどく遠く感じた。祖母を失った日に抱きしめられれば、凪紗はその温度を恋だと信じてしまうかもしれない。冬馬はそれを分かっているからこそ、襖一枚ぶんの距離を守っていた。

すべてが終わった夕方、凪紗は祖母の家の縁側に座った。冬馬が最後の湯のみを洗い、帰り支度をする。今、呼び止めなければまた十二年空く気がした。

けれど冬馬は玄関に一枚のカードを置いた。七日後の日曜、朝九時。昔通った喫茶店の名前と、二名の予約番号。

「今日は決めなくていい。でも、七日後にまだ会いたかったら来て」

彼は自分の気持ちを押しつけず、次へ進む小さな場所だけ残した。カードの端には《厚焼き卵を二つ》と、祖母がいつも頼んだ朝食まで書かれている。

凪紗はカードを受け取り、スマホへ予定を入れた。七日後だけではなく、その翌月の祖母の月命日にも同じ店を登録する。参加者に《凪紗と冬馬》と入力し、画面を見せた。

「一回では、話し終わらないから」

冬馬が何か言う前に、凪紗は彼の手を取った。慰めてもらうためではない。帰っていく人を、次に会う相手として確かめるためだった。

「凪紗、大丈夫?」

名字ではなく呼ばれ、凪紗は初めて泣いた。冬馬は抱き寄せず、ただ手を離さず隣へ座った。その慎重さが、今は嬉しかった。

今日は何も決めなくていい。

その言葉は、何も始めないという意味ではなかった。悲しみの勢いで答えを出さず、七日後の朝にも残っている気持ちを二人で迎えに行くための約束だった。