三番目の影
雨谷小鞠は、二人しか踊っていないMVに三つの影を見つけた。
白い床、真上からの照明、向かい合う双子の踊り手。イントロでは左右に二本の影しかない。だがキックが四回鳴ると、中央へ細い影が現れ、二人とは違う振付で腕を伸ばした。
その影には顔がない。それでも口の位置だけが白く光る。
「私を選んで」
小鞠はキャスティング助手だった。中央役には本来、無名の代役が決まっていた。彼女はリハーサルを重ね、難しい動きを完成させたが、スポンサーの意向で双子へ役を奪われた。抗議した翌日から連絡が取れず、制作会社は自発的な辞退として処理した。小鞠は代役の靴と鞄が控室に残っているのを見たが、「後で取りに来る」という説明に頷いた。翌日には、その部屋ごと使用禁止になった。
Aメロで三番目の影は、二人が失敗する半拍前に正しい動きを示した。完成映像は、その影のモーションデータを下敷きにしている。小鞠は編集画面を開いたが、レイヤーは二つしか表示されない。
影が床を指さす。
「私を選んで」
小鞠は画面上の踊り手ではなく、タイムラインの空白をクリックした。非表示の第三レイヤーが選択される。すると影に色が戻り、リハーサル映像が重なった。
代役本人が中央で踊っている。曲が止まった後、プロデューサーが権利譲渡書を差し出す。拒否した彼女をスタッフが囲み、奥の控室へ連れていく。小鞠も画面端にいた。怖くて目を伏せ、何も言わなかった自分の姿が映っていた。
サビでは、完成版の双子が消え、代役一人の呼吸と足音だけが鳴る。彼女の影は控室の扉へ続き、扉番号と撮影時刻を示した。失踪当日の証拠だった。
最後の一音で、キャスト選択画面が現れる。双子、双子、その下の空欄。影は空欄を指した。
「私を選んで」
主役に採用してほしいという過去の願いではなかった。隠された第三レイヤーを選び、そこで起きたことを証拠として見つけてほしいという指示だった。
小鞠は映像を警察へ送る。送信完了と同時に、中央の影へ初めて本人の顔が戻った。