人物を削除しました

二十八歳の広告デザイナー、祓川慎吾は、写真加工アプリ「影抜き」を仕事で使った。古写真の欠けた人物を、残った影から復元できる無料ツールだった。

開発者ページには、山陰で行われた《影送り》の採集記録が載っている。死者の影を紙から切り抜き、夕日にかざして家の外へ送る。生者の影を切れば、身体より影の方が長く残るという。

編集画面に出る注意は一つだけだった。

《自分の影だけは、トリミングしてはいけない》

慎吾は新商品の写真を公園で撮り、自分の長い影が写り込んだことに気づいた。撮り直す時間はない。影を消しゴムで消すのではなく、端を少し切るだけなら規則には当たらないと思った。

彼は一度だけ、自分の影がある下端をトリミングした。

〈人物と影の関連付けを解除しました〉

画面上の商品写真は綺麗になった。だが保存直後、慎吾の影が足元から離れ、ベンチの下へ滑っていった。

帰社すると、顔認証ゲートが開かなかった。社員証には写真があるのに、端末は〈人物が検出できません〉と表示する。同僚に名前を呼ばれれば返事はできるし、身体にも触れられる。ただ、カメラだけが慎吾を背景として扱った。

写真アプリを開く。過去の集合写真から彼の身体が消え、足元の影だけが残っている。影は写真ごとに少しずつ姿勢を変え、最新の一枚では画面の外へ歩き出していた。

デザインデータの編集履歴には、切り取った影が独立したレイヤーとして残っていた。名称は〈祓川慎吾〉、元の人物レイヤーは〈背景〉。影レイヤーを非表示にすると、慎吾は同僚の視界からも消えた。表示へ戻すと、皆は壁の黒い形だけに挨拶した。

影は編集画面の中で、慎吾より先に自宅の住所へ向かっていた。

夜、自宅の見守りカメラから動体検知通知が来た。誰もいない廊下を、人型の影が先に玄関へ入る。数分後、現実の慎吾が帰宅した映像には、身体だけが映らなかった。

スマートロックを開けると、室内照明が自動点灯した。壁には、慎吾のものではない影が椅子に座っている。

端末が居住者を判定した。

〈人物:0〉

〈影:1〉

そして写真アプリから、いつもの操作完了通知が届いた。

〈人物を削除しました。影は保存されています〉