今年の予約はしない
御子柴苑は、家族の予定を決める係だった。
祖母の誕生日、父の日、親戚の集まり。家族のグループチャットに《どうする?》と流れると、苑が店を探し、人数を聞き、贈り物を注文した。誰かに正式に頼まれる前から動くので、いつの間にか「苑に任せれば大丈夫」になった。
家族の共有カレンダーには、苑が登録した予定ばかり並んでいる。集合時刻を間違えないよう前日に通知を送り、返事がなければ個別に連絡した。皆が楽に集まれるほど、苑だけが集まりの前から疲れていた。
祖母の八十歳の誕生日を一か月後に控えた夜、母から連絡が来た。
《今年もお店とケーキ、お願いできる?》
兄と妹は既読をつけたまま何も書かない。苑は検索画面を開き、個室のある店を三軒保存した。祖母が食べられる硬さ、駅からの距離、キャンセル条件。考える項目はすぐに増える。
その日は残業から帰ったばかりで、まだコートも脱いでいなかった。去年の予約では、人数変更の電話を五回かけた。楽しかった記憶より、電話口で頭を下げた声のほうが先に戻ってきた。
苑は検索画面を閉じた。
《今年は手配できません。参加はします》
送ったあと、《候補だけ送ろうか》と続けそうになった。すでに保存した三軒を共有すれば親切だ。しかし、それを送れば質問も苑へ戻ってくる。
スマートフォンを伏せる。グループはしばらく静かだった。
五分後、兄が《じゃあ店は俺が見る》と書き、妹が《ケーキやる》と返した。二人が引き受けたことより、自分が書かなければ誰も動かないという予想が外れたことに、苑は戸惑った。
すぐに店選びの注意点を送ろうとしたが、それも二人が考えることだと端末を置いた。
母からは《了解》の一言だけ来た。
苑はコートを脱ぎ、冷蔵庫からみかんを一つ出した。家族の誕生日を大切に思うことと、段取りを全部背負うことは同じではない。
保存した店の一覧を削除し、みかんの皮をゆっくり剥いた。今年の予約番号は、苑の受信箱には届かない。